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映画を音で観る

わたしがnoteを始めるきっかけ(彼女のnoteを応援したくて元応援団員はnoteを始めた)をくれた西田梓さんは「全盲ママYouTuber」を名乗っている。チャンネル(Mother's Cafe)登録者数は3000人超え。スーパーでの買い物動画は視聴回数7万回超え。ステイホーム中に配信環境を着々と整え、6月20日(つまり今日)の20時から「全盲ママの日常~映画編」と題して音声ガイド制作者の松田高加子さんとライブ配信するらしい。(※追記。アーカイブ残してくれています!)

松田さんとは、わたしのロードショー脚本デビュー作品『子ぎつねヘレン』(2006)の音声ガイドを手がけられた二人のうちのお一人というご縁がある。もう一人の堀内里美さんは『嘘八百 京町ロワイヤル』の音声ガイドを書かれた方。現場で会ったときに「実は以前にも作品をご一緒しているんです」とご縁を聞いてびっくりした。その音声ガイド関係者試写を梓さんに案内したのはわたしだけど、梓さんは松田さんと堀内さんが活動するパラブラ(Palabra)さん(バリアフリー上映用の音声ガイドと日本語字幕の製作会社)で音声ガイドのモニター(その原稿内容で伝わるかどうか、当事者の立場から意見を言う人)をやっていた時期があり、わたしが松田さんと堀内さんにご挨拶する前から交流があった。

世の中に4人しかいないのかというくらい、世間は狭い。いや、世界を広げていったら、あっちでもこっちでもつながった。映画は人をつなげる天才。そして、音声ガイドは映画と人をつなげる天才だ。

「視覚を使わないプロ」と音声ガイド試写へ

梓さんとやりとりしていると、「見る」「観る」という言葉がよく出てくる。

わたしが話題にしたツイートを「見ました」。

amazonの商品ページのURLを送ると、「後で見ときます」。

嘘八百 京町ロワイヤル』の音声ガイド試写にお誘いしたときは、「佐々木蔵之介さん大好きなんです。観に行こうと思っていました」と返事があった。

試写の当日、外苑前駅で待ち合わせして、駅から数分のGAGA(ギャガ)試写室まで歩いた。片手に白杖、もう一方の手でわたしの腕をつかんでいる梓さんに「乗り換え大丈夫でしたか」と聞いた。

「そこら辺の人に声をかけて、銀座線どこですかって聞きました」

いつものことですという感じで梓さんは答えた。人が近づくのを足音で察して、呼び止める。靴が立てる音や歩き方で男の人か女の人か、急いでいるかどうかの目星もつけられるという。

「違うとこに連れて行かれることもありますけど、そしたらまた行った先で誰かつかまえて聞くんです」

わたしは娘をベビーカーに乗せていた頃、最初は「みなさん忙しそうだし」と遠慮していたけれど、声をかけてみると、誰もが快く手を貸してくれた。「うちの子が小さいときを思い出すなあ。あっという間ですよ」なんてスーツ姿のおじさまに言われ、「この人絶対素通りしそうって思ってすみません」と心の中で謝った。

人の手を借りるハードルは、子育てで随分低くなったと思っている。わたしが出産してから体験したことを梓さんはもっと前から体験しているのかもしれない。

青山通りを歩道橋で渡った先に、渋谷方面へ渡る横断歩道がある。その信号を待っているとき、梓さんは信号が変わったのをどうやって知るんだろうと思い、聞いてみた。

「まわりの人ですね」と梓さんは言った。「信号待ちしてる人が歩き出す気配で、行って大丈夫やなと」

信号が変わったことを音で知らせてくれる横断歩道もある。でも、信号が青になったから車が来ないとは限らない。右見て左見て確認する代わりに、梓さんは右の人と左の人の動きを確認する。信号が見えている人の気配で信号を見る。もちろん、車が近づいているかどうかも音で見る。

梓さんは自分のことを「視覚を使わないプロ」と言う。「目が見えない=見えない」ではない。「目では見えない」ということなのだ。だから、視覚以外の感覚を使って見る。

いきなり続編×コンゲーム×音だけ

自分が関わった作品の試写に立ち会うのは、いつもソワソワドキドキする。ちゃんと伝わるか、気に入ってもらえるか…。知ってもらいたいけど、反応を聞くのがこわい。思い入れのある作品ほど。恋人を親に紹介するときの落ち着かなさに似ている。

梓さんとはTwitterでつながって日が浅く、試写の数週間前に顔を合わせたばかりだった。自己紹介代わりに作品を知ってもらう良い機会だけど、前作の『嘘八百』を観ずにいきなり続編、しかも騙し騙されのコンゲーム。それを音声だけでどこまで理解してもらえるのか。置いてけぼりにならずに最後まで楽しんでもらえるのか。

いつも以上にドキドキソワソワしていたわたしの隣で、梓さんもドキドキソワソワしていたらしい。

エンディング曲のクレイジーケンバンド「門松」が終わり、「これで音声ガイドを終わります」とナレーションが告げると、梓さんはイヤホンを外し、開口一番、「面白かったです!」と声を弾ませた。「ってすぐに感想を伝えられるってすごいですよね。脚本書いた人の隣で観れるなんてゼイタクですよ」と続けた。

わたしが一番気になっていたのは、クライマックスの茶会のシーンが伝わるかどうかだった。

『嘘八百』で千利休の幻の茶碗「大海原」をでっち上げた古美術コンビが『嘘八百 京町ロワイヤル』では古田織部の幻の茶碗「はたかけ」に挑む。その「はたかけ」を披露する茶会で起こるアクシデントが、「音声で見て」わかるかどうか。

「あの場面って、こういうことですよね?」と梓さんから話題にしてくれた。そこが一番面白かったと。

「そういうことです!」

織部の幻の茶碗も、茶碗が引き起こすてんやわんやも、梓さんに見えていた。

「ディスクライバー」という仕事

映画にしろ演劇にしろ本にしろ、目が見える、見えないに関わらず、理解度には個人差がある。梓さんがいきなり観たコンゲームの続編を音声だけで楽しめたのは、日頃から視覚を使わずに映像作品を観ているのも大きいだろう。梓さんのイメージ力によるところもある。

そして何より、「音声ガイドが良かった」のだと思う。

製作したパラブラさんの名前は、「実績が多く、とても丁寧な仕事をされます」とTA-net(シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)代表でろう者の廣川麻子さんから聞いていた(廣川さんには前作、続編ともに日本語字幕監修でお世話になった。その話は日をあらためて)。わたしが「シネマ・チュプキ・タバタ(Cinema Chupki Tabata)」で初めて音声ガイドというものを体験した『この世界の片隅に』の音声ガイドもパラブラさんの製作だった。『嘘八百』シリーズ配給のGAGAさんとも作品を重ねていて、自然な流れで『嘘八百 京町ロワイヤル』の日本語字幕と音声ガイドをお願いする運びになった。

音声ガイドの初稿が送られてきて、評判に納得した。「本編のセリフ文字起こし」「シーン番号」「タイムコード」「音声ガイド原稿」「備考欄」に分割され、どのシーンのどのセリフの前後に音声ガイドを入れるかが書かれていた。ネタバレにならないように気を遣いつつ、要所を押さえた内容になっていた。

音声ガイドが入るタイミングは、セリフとセリフの間。詰まりすぎていてもいけない。足音やざわめきや鳥の音も聞かせたい。となると、使える時間はわずかだ。限られた秒数で、その場面に必要な情報を盛り込まなくてはならない。

画面に映っているものをすべて説明すれば良いというものではない。遠足の日の作文を朝起きたところから始めていては目的地にたどり着けない。一本一本の木を説明するより「森」と全体像を伝えたほうが的確なこともあれば、その中の一本の木が物語の鍵を握っていることもある。交差点のたびに説明すると気が散るが、曲がり角を見落とすと迷子になってしまう。

今、映画のどこにいるのか。視覚を使わない人が迷わないよう、取り残されないよう、「音声ガイド」は道案内をしなくてはならない。

映像のカメラがアングルやフォーカスを変えるように、場面のどこに言葉のカメラを向けるかが腕の見せどころになる。映像の意図をつかんだ上で、何を伝えるか、どう伝えるかを取捨選択し、言葉を吟味する。そこにかけた時間と格闘が原稿から読み取れた。「脚本ではこう書かれているが、映像ではこうなっている」と比較し、小説版(書店で買い求めてくださったとのこと)での描かれ方も検証し、参考文献にも当たる。

シーンの肝をつかんでいるから、「隠し工房で作陶している青年が、次のシーンのテレビ番組レポーター・陶芸王子と同一人物だとわかるか?」といった的確な疑問が出てくる。

出来上がった料理の作り方、材料、さらに産地までさかのぼり、その料理を作っているもの、支えているものを知った上で、その料理を紹介する表現を探す感じ。言葉が根を張っている。

原稿を書かれた堀内里美さんのクレジットは「ディスクライバー」となっていた。音声ガイドの原稿を書く人のことをそう呼ぶらしい。describer。梓さんに教えてもらって愛用している視覚情報認識アプリ「Envision AI」には「風景を説明する」という機能があり、英語では「Describe scenes」と言う。目に見えるものを言葉に起こす人。映像を「視覚を使わないで見える」ように言語化するプロだ。

伝えるべきことが、より伝わるように。いくつもの候補から取捨選択する。その勘やセンスは作品を重ねて養われる。脚本家にも通じる技術職だ。だから、ディスクライバーさんとのやりとりは刺激的だった。

メールでの往復を経て改訂された原稿をディスクライバーさんが自ら読み上げ、「視覚を使わないプロ」の人たちの意見を聞く「モニター会」にも立ち会わせてもらった。音声ガイドを必要とする人たちに伝わらなくては意味がない。視覚を使っていた頃がある人とない人とでは求める情報が違い(聴覚でも同じことが起こった)、「そこまで説明はいらない」「あったほうが親切」と意見が分かれることもあった。モニター会で出た意見を踏まえ、さらに原稿を磨いた。ナレーション録り(ナレーターは永田亮子さん)の最中にも、削ったり、足したり、原稿の彫刻は続けられた。

スマホで音声ガイドを持ち運べる時代

編集から何十回も観てきたのに、音声ガイド製作で初めて気づいたこともたくさんあった。加藤雅也さん演じる嵐山堂の若主人・嵐山直矢が英字新聞を読んでいるというのもそのひとつだ。脚本から膨らませた小説版で嵐山が若い頃に海外留学していたことを書いたのは、撮影が終わってから。だけど、映像でもアメリカかぶれな若主人が描かれていた。ということを、音声ガイドがなければ、見落としていた。

わたしは極端な近視で、映画やドラマに登場する置き手紙を読めない。字が細いことが多いせいもある。太字のマジックで堂々と書ける内容なら、面と向かって伝えられるわけで、置き手紙の文字はたいがい頼りない。最近増えたメールやLINEのやり取りも、目に涙を溜めないと読めない。

でも、音声ガイドがあれば、画面に登場する文字を読み上げてもらえる。店の表の看板や貼り紙も。音声ガイドは、わたしのような「視覚を十分に使えない」人にも理解を助ける味方になる。

音声ガイドは、ここ数年でぐっと使い勝手が良くなった。専用のラジオを借りなくても、「UDCast」というアプリを使って、自分のスマホから聴ける作品がふえた。あらかじめスマホにUDCastアプリを入れ、UDCast対応作品の音声ガイドをダウンロードして、後は劇場に行き、「機内モード」で再生できる。

UDCastアプリのトップページ(左)と、「映画 音声ガイド」ボタンから題名検索で『嘘八百 京町ロワイヤル』の音声ガイドページに飛んだところ(右)。

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映像作品から出る音と信号を合わせて、画面にシンクロした音声を流せる仕組みで、家庭で観るテレビ放映作品にも反応するらしい。録画してある名探偵コナン映画で試してみようと思っている。

ヘッダーの写真は、2018年2月に講演で訪ねた堺市の視覚・聴覚障害者センターの光射す廊下。今井雅子の出版作品はほぼすべて、このセンターで音訳・点訳してくれている(「この作品、うちがやります」と名乗って請け負う仕組みで、『昔話法廷』は他の団体が先に手を挙げたそう)。『嘘八百』『嘘八百 京町ロワイヤル』はパルコ出版と製作委員会の理解を得て、発売前に原稿を送り、音訳・点訳作業を進めてもらえたので、店頭に本が並ぶのとほぼ時差なく音訳・点訳が完成した。

視覚を使わない人に写真を説明する「ALT」(代替テキスト)ボタンがTwitterにあるのを最近知り、使っている。noteにもあれば良いな。




目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。