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知らない場所の

いつになく金木犀の香りが強い気がする。晴れた日が続くからだろうか。
お隣のご夫婦は数ヵ月前から老人ホームに行ってしまったので、主のいない庭で金木犀が咲いている。
もともと、ときどき話す程度だった。
だからあまり変わらないと思っていた。
毎朝、聞こえていた仏壇のおりんの音が聞こえなくなった。窓から見えていた灯りがつかなくなった。回覧板も回ってこない。
誰かがいなくなるというのは、そんなこと。
いつの間にかそれも日常に馴染んで当たり前になる。それでも消しゴムで消したあとがわずかに残っているように、ときどき思い出すことがある。

グーグルマップを見ながら知らない場所を歩く。知らない場所の公園、知らない家に咲く金木犀を眺めながら、思い出したのはお隣のご夫婦だった。
わたしはたくさんの人には出会えないだろう。だってこんなにも出会っていない人がいる。公園で遊ぶ子供やすれ違う自転車の青年を見て思う。
そしてたくさんの人に出会えないということが、どうして嫌ではないのだろうと考える。
考えながら、知っている道に出てほっとする。
この感情はさみしいのではないと思いながら、でもやっぱりそうなのかなと顔を上げた。
こういう空を好きだと言っていたのは誰だったか、思い出せなかった。

◎写真はみんなのフォトギャラリーからお借りしました

#エッセイ #秋 #金木犀 #出会う

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