見出し画像

自分を語る1

家族の会話を書き綴っていましたが、自分のことを少し語ろうと思います。

鳥好き・理科少年

北海道生まれ、北海道育ち、生粋の道産子(道民の総称)です。父の趣味がカメラと野鳥観察だったので、小さいころから鳥の名前が見ただけでわかる鳥学者で雑誌Newtonを読む理科好き、宇宙好きの少年でした。道路標識の名前をコンプリートしたり、色の種類を調べたりと本を読むことが好きだったように思います。

知識を蓄えることが好きな分、言葉で表現するのはすごく苦手でした。算数・理科は得意なのに、国語はダメ。よく「筆者はなぜそう記述したのか、心情を考慮して読み取りなさい」なんて問題を見ると(筆者じゃないから、分かるわけないじゃん)と思ったり、読書感想文や社会科見学の発表が絶望的に嫌でした。

食が細くて背も普通だったので超もやしっ子で、中学ぐらいまでいじめられていました。なのでその時代のことを思い出したくないのか、記憶が断片的だし、本当に思い出したくないのだと思います。まさに黒歴史

下手のスポーツ好き

小・中学校は野球部でした。父が野球部だったので、小学校入る前から早朝キャッチボール(これも地獄だったな)。ただ体があまり育たなかったので、ボールは遠くに飛ばず、打撃も距離が伸びず、結局のところ補欠メイン。足も遅いので代走にも選ばれず、ただただ基礎練習を繰り返す日々でした。今では考えられませんが、精神論が横行し、水分摂取も制限されている時代でした。(もやしっ子なのによく倒れなかったな)
そのおかげか、基礎体力が人より付いていたらしく、校内マラソンでは上位になることが多かったです。走ることは嫌いじゃなかったですが、球技の方が楽しかったです。グループで体を動かすのが、居心地よかったのかもしれません。

テニスとの出会い

家から少し離れたマンモス高校に進学したため、いじめっ子を含めた中学メンバーもほぼいない状況になり、新たに友達を作るでもなく、部活やサークルに入ることもなく、通学と下校を繰り返す、いわゆる帰宅部でした。
夏休みを目前になったある日、近くの席だったクラスメートに声をかけられました。

「週末にテニス大会が近所のコートであるんだけど良かったら見に来ない」

ノースケジュールだったことと、いままでテニスに触れる機会もなかったので、私は「いいよ」よ答え、大会会場へ行きました。
テニスなんて地上波でウインブルドンをチラっと見るか、テレビゲーム(当時はファミコン)でやるくらいしかなかったのでどんなものかと思ったけど、高校の横断幕を掲げていたり、チーム全体で応援したりと、思った以上ににぎやかな会場に驚いたことを記憶しています。

しかし、うちの高校はそういった旗や応援もなく、4人ほどしかいなかったので(少ないな)と思いながらも、遠くから観戦。見に来いというだけあって誘った彼は、市の大会の決勝戦まで行く実力者で、すぐ見て帰るつもりが、半日ほど会場にいる羽目になってしまった。試合後に私のところに来て

クラスメート「来てくれてありがとう。テニス見てどうだった?」
   わたし「テニスは良くわからないけど、君強いね。」
クラスメート「そこそこだよ。全道大会にはもっと上手な人もいるし、全国
       には程遠いよ。」
   わたし「ふうーん。でも面白かったよ。じゃあ帰るね。」

クラスメートは部員の方を見て、

クラスメート「せっかくだから部員に君を紹介するよ。」
   わたし「いや、いいよ。ただの見学者に紹介するまでもないでしょ」
クラスメート「いいからいいから。」

律儀な奴だな~と思って仕方なくついていくと彼はこう切り出した。

クラスメート「前にも話してた今度から入る新入部員の○○君(わたしの
       名 前)。連れてきたよ。」
   わたし「えっ、どういうこと?」
クラスメート「俺、部長だからこれからよろしくね。(ニヤリ)」

このテニスと彼との出会が、今後の人生を大きく変えることになるとはこのときはまだ知る由もありませんでした。

(つづく)

ここまで読んでくださった方々、長文にお付き合いいただきありがとうございます。不定期で、今後も自分や家族に起こった出来事を綴っていきたいと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?