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小説『愛子の日常』 本編6

〜セントの青春 Ⅱ.〜

あれからどれ程の日数が経っただろうか。

さやかのいない世界にセントは一人取り残され孤独な日々を過ごしていた。

セントがどんなにもがこうとも、どんなに叫ぼうとも、さやかと通じることすら出来なかった。


夜空に向かって手を伸ばしてもさやかに触れることは出来ず、月に向かって囁いてもさやかの声が聞こえる事はなかった。

この広大な宇宙に一人取り残され、そこから脱出することすら出来ない無力さに、セントは歯がゆさを感じていた。


どうする事も出来なくなり、セントは夜空に向かって叫んだ。


俺はこのままこの世界に一人取り残され、孤独な中で生きるのか?
そう思った時、セントは人間の儚さ(はかなさ)を悟った。

その儚さに思いを馳せると、自然と涙が流れ心が洗われた。

セントはその儚さにしばらく浸っていた。

もし、さやかのような日本人が今のセントの状況を見たならば、(孤独で寂しげな状況の中で)心に流れるマイナスな感情に浸れる彼の心を美徳とし、わびさびを感じるとでも言うのだろうが、セントにはこのマイナスな感情に浸り続けられる心の余裕など無かった。


見ると夜は深まっていた。この日の夜は月の光をも消えていくほど闇が深く、セントの心もその闇に呑まれていったのだった。


セントの心はさやかに会えなくなって以来時が止まっていたが、空は今日も暗くなり、また明るくなった。

いつも変わらず流れる雲は、夜空であろうとも昼の空であろうともいつもこの世の中を見下ろして、人間の時とは無関係に動き続けていた。

壮大に動き続ける雲を、動かし続ける広大な空が、セントの心まで動かしてくれるのなら良いのだが、この世の理はそうはなっていない。

次の日も、セントの心はなえたままだった。
この日は土曜日だが、優雅な休日を過ごす気力や気持ちなどセントには無い。

たださやかに会いたいの一心だった。


セントはお昼近くに病院に行った。
さやかに会えないのは分かっていたが、さやかと同じ景色を見たかったし、何かキセキが起こるかもしれないと思ったからだ。

セントは病院の周りをぐるっと一周した。
病院から出てくる女の人を見かけては、セントはドキッとした。さやかかと思ってジロジロ見るのだが、いつも違う女の人で、ガッカリしてうつむくのだった。


セントは病院には入らず、病院の外にあるベンチに腰掛け、空を見上げた。

「さやかもこの空を見ているだろうか?」

空では、昨日夜空を覆って壮大に動いていた雲が、今は小さく分かれ、群れをなして動いていた。


セントはその雲に向かって、さやかに向けた手紙を読んだ。

雲がさやかに手紙の内容を届けてくれるであろうというロマンチックな儚い(はかない)夢にのせて読んだくさい手紙だが、それで自分の心が少しでも楽になるのならそれでよかった。

愛というものは、愛した相手の反応が分からなければ辛く、愛の表現ができなければ尚辛いのだから。

  "私の愛しい人へ

  グリニッジ天文台に行ったあの日から、
  私はあなたの事を忘れられないのです。

  私にとってあなたがいない日々は考え
  られません。どうして私のそばから
  あなたはいなくなってしまったので
        すか?

  神様は裏切りものです。せっかく
  出会わせた二人を離れ離れにさせて
     しまったのですから。

  あなたと一緒にいられない日々は、
  私の心を重りにし、鉛のように重たい
     心が私を苦しめるのです。

  もし、このままあなたと一緒にいられ
  ないのなら、私は生まれてこなかった
      方が良かったのです。

      あなたと一緒にいたい。
         永遠に。"


もちろん、その手紙がさやかに届くことは無かった。

しかし、セントは自分で読んだくさい手紙の余韻にしばらく浸っていた。



話は変わるが、実はこのところのセントは、さやかと離れ離れになった運命が辛すぎて、神様をも信じられなくなっていた。親や友達を信じる事よりも簡単で、自分を一番に分かってくれていると思っていた存在を信じられなくなったことは、セントの心の拠り所が無くなったことを意味していた。

なにもすがるものが無くなり、自分一人で生きていかなければならなくなったセントは、神様などいないのだと開き直ったかのように生きていくのだが、最終的には神に祈ることしか出来ないという状況に陥っていた。


セントはこの日も、さやかのいない寂しさに耐えられなくなり、神様に祈った。




セントがさやかに会えたのは、それから10日後の事だった。


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