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小説『愛子の日常』 本編9

〜セントの悟り〜

セントの熱心な希望もあり、バカンスの後半は、京都に行くことにした。

そこでは、とあるお坊さんとの出会いがあった。



セントとさやかは新幹線で京都まで行くと、お寺を転々と訪ねて歩いたのだが、とあるお寺に行った時、お坊さんが現れてお寺の縁側にセント達を案内してくれたのだった。

その縁側からは、質素で何か静寂さを感じる日本庭園が見渡せた。


お坊さんは言った。「まぁ、この寂しげな空間の中に浸り、孤独の中に身を置いてみて下さい。大自然の中で生きるものは、誰しもが孤独なものです。その孤独を受け入れ、自らの意志をしっかり持って自然の中に立ってみることで、大自然との対話が始まり悟りが開けるでしょう。」


セントはさやかに通訳してもらいながら聞いていたが、孤独を受け入れるなど辛すぎると思った。

しかし、セントの目の前には静寂に包まれた日本庭園が広がり、そこに立つ木々は悠々とそして堂々としており、それを眺めていると自らの悩みはとてもちっぽけなものに感じられてきたのだった。


セントは決心した。


セントは自らの意思で孤独を抱き、己という小宇宙と、己を取り巻く壮大な大宇宙との共鳴を感じようとしていた。


孤独の中で堂々と立っている人間だからこそ、自らの信じている神様とも深い対話が出来るのだとセントは悟った。

それだけでも、日本に来た意味があったとすら思えた。

さらに、大宇宙と対話する中で「神様もずっと孤独の中で独りぼっちだったのではないか?!」という哲学的思考がセントの頭の中を渦巻いた。

「そして、神様がその孤独に耐えられなくなったから、この世の中を作ったのではないか?!」セントに哲学的想像が生まれ始めた。

「今感じている大自然も人間も、そのようにして作られたのだ。そして人間も作る力を持っている。それは、孤独を感じる存在だという意味でもあるが・・・」

こうしたセントの悟りとも言える哲学的考察は、今後のセントの人生に変化をもたらした。



それは確かに、仏教がセントの人生観に大きな影響を与えた瞬間ではあったが、セントは仏教を信じることは無かった。

仏教もキリスト教と同じで、死後の世界のことに干渉し、人間がコントロールできない未知の世界の事までも口を挟もうとする図々しさがあるとセントは感じていたのだ。


同時に、さやかの通訳越しに感じるこの日本という国は、人や物を神として祀る癖があるとセントは直感で理解していた。(それは一つの文化として尊重されるべきものだが、セントが信じる神様とは明らかに異なっていた。ここでセントが思い描く神さまを整理したほうが良いかもしれない・・・《セントが思い描く神さまとは、幼い女の子が『神さま。お願い。。』と話す時の神さまであり、何かの教えに染まる前に形成されたアイデンティティの中に既に神さまがいるのだとセントは認識していた。》


さやかはというと、仏像の前で手を合わせて祈っていた。



「神様は自分の心にいるのであって、仏像に臨んでいる訳ではないでしょ?!」というセントの説得にも応じず、さやかは「ご利益があるから」と京都のいろんな場所で手を合わせて祈った。


サンタクロースのような神様はいったい何処に行ったのか?!とセントは疑問に思った。


さやかの信じている神様は、さやかの心の中だけでなく、仏像の中にもいて、いろんな場所にその神様は顔を出すのだった。

それは面白いことに、ご利益がありそうだとさやかが思う場所には必ずその神様がいて、それはお寺であろうが神社であろうが関係なく、同じ神様がやってくるのだった。

さやかの信仰は、全てを超越していると言えばそれまでだが、一つの宗教を本気で信じている者達からすれば、あまりにも都合の良い話だった。


「さやかは宗教を信じているのか??」

「俺は宗教なんて信じて無いんだよ!だから、結婚も宗教の無い人と結婚したいんだ!!」


さやかの行いとセントの信念がぶつかり合い、この二人に破局の匂いすら漂ってきた。


さやかのめは潤んでいたが、それでもセントの尋問とも思える問いかけは続いた。

「さやかの信じている神様は、サンタクロースのような神様ではなかったのかい?どうして、仏像の前で祈るんだい?!」セントは混乱しながら言った。


「それは・・・ご利益があるから。。ここ、パワースポットだし。。」

この言葉にセントは呆れ返ったが、さやかの行いをなんとかセントなりに理解しようとしていた。


そうか・・・さやかには宗教観が無いのだ!

だから、ご利益という(宗教にとってはあまりにも都合の良い言葉)言葉に騙されて、振り回されて生きているのだ。


さやかは、オカルトだろうがなんであろうがご利益があると聞けば信じてしまうのだろうか。


セントの考察が正しいかどうかはさて置き、この考察がセントのさやかへの愛を深めたのは確かだった。

それは、セントの母性本能のようなもので、幼い子供のように見るもの聞くもの何でも信じてしまうさやかを守ってあげたいと思ったからだった。


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