浪人中に勘違いして失恋した話

僕は大学に落ちて1年間自宅浪人をした。
単純に金がなかったし、働けるほど社会性も無かったからだった。

僕は祖父母の家にて部屋をもらい、
勉強に専念していた、、、わけではなかった。

大学だけが人生じゃない、みたいなことを思っていた僕は、
春は祖父母のお金で自動車学校に通い、
夏にはホテルで布団敷きと掃除のバイトをし、
全然勉強に腰を据えられていなかった。

1年間の浪人生活で一つ覚えていることがある。
僕は夏になると、1ヶ月間地元に戻り、
ホテルで毎日のように働いていた。
その時に、台湾から住み込みで働いている、実習生の女の子から手紙を渡されたことがあった。
読むと、慣れない環境で疲れている、日本に友達が欲しい、良ければ手紙のやり取りをしませんかというようなことが書いてあった。
かなり可愛い子から初めてもらった手紙に、僕は分かりやすく舞い上がった。

それからは、バイトが終わってからは手紙を書くのに時間を費やし、何度か手紙のやり取りをした。
誰かに見られると恥ずかしいから、周りに人がいない時にこっそり渡しに行った。
秘密を共有しているということが特別感とドキドキを与えていた。
僕はもはや彼女と手紙をやりとりするためにバイトに行っていた。

だけど、だんだんと相手の手紙が短くなり、字も荒れるようになっていた。
それでも最初の方のやり取りで、休みの日にはおでかけしたいという話をしていたから、お互い合う休みの日に出かけることになった。

人生初のデートだった僕は舞い上がり、
デートコースや会話のネタをノートに書き上げた。
この店で買い物して、この店でコーヒーを飲んで、、というように、きっちり下調べをした。
高校3年間でほとんど女子と話してなかったから、会話のコツを検索し、聞き上手に徹しようと決めた。
そしてまずは母で練習しようと、母の会話を広げることをやってみた。結果つまんないし疲れることが分かった。当時の自分は冷静さを失っていたと思う。
もちろんこれらの努力は、余裕を持ってエスコートをして、好意を持ってもらいたいという下心があった。

当時、デート前に書いたメモの一部を載せておく。
デートに向かう心構えや作戦を書いていた。
これは高校3年間ほとんどクラスで喋れず、もちろん彼女が出来たことがなかった浪人生の、
率直で真剣な文章だから、どうかお目汚し容赦願いたい。

デート考察
8月24日 木曜

やること
♠️朝起きてシャワー、髭剃る。
♠️Wi-Fi充電

❤︎服褒める
可愛い、似合ってる、装飾品褒める
❤︎笑顔忘れない
固くならずに。遅れて来ても許す。準備を褒める。
❤︎ゆっくり、はっきり喋る
そのためには余裕を持って。
❤︎不安にならない
❤︎緊張してるのはあっちも同じ。
だから、俺ばかり緊張を考えないで、相手の緊張をほぐすことを考える。
そのためにはまず会話。ゆっくり、はっきり、答えがかえりやすい質問。
頭でっかちにならずに、キャッチボール楽しむ。
今日も暑いねー
買いたいものあるか。
台湾帰る話題 飛行機で何時間か。
❤︎緊張を解く
ぶっちゃけてしまえばいい。
ここまでオーケー、というところを最初に示して、そこまでならなんでも話していいや、と自分を納得させる。
今日緊張してる、楽しみにしてた。
買い物したい。
コーヒー飲みたい。
歌い手のこと、ニコニコのこと話したい
話したいことがたくさんある。
休みだしゆっくりしよう、のんびりいこう
服似合ってる、可愛い
誘ってくれてありがとう
なかなか会えない、昨日も会えない、来ないかと思った、不安になった、騙されたかと。泣きそうだった。でもくると信じてた。
◯◯は楽しみにしてたのか?面倒だって思ってないか?
行きたいところある?
❤︎観察
今日の◯◯のテンション。落ち着いてるか、慌ててるか。
馴れ馴れしいか、よそよそしいか。
服はどんなか。清楚かビッチか。
❤︎初心に戻る
もっと◯◯のことを理解して、スムーズにコミュニケーションとりたい。よく観察、理解する。

キツイ。
なんかこう、自分は努めて冷静だと思い込んでること、モテテクニックを駆使しようとして自分の好感度を上げることしか考えてない感じがキツい。

そしてデート当日。
自分ができる最大限のオシャレと髪のセットをして、
彼女と待ち合わせの場所に向かった。
彼女は住み込みで働いてたから、バイト先で落ち合う予定だった。
彼女はどんな私服で来るだろうか、とワクワクしながら待った。


30分待っても彼女は来なかった。

連絡しようにも、彼女とは手紙のやり取りだけで、連絡先を知らなかった。
だからひたすら待ち続けた。

そしてようやく現れた彼女に僕は安堵の顔を浮かべたが、彼女は申し訳なさそうな顔で、今日は市役所で手続きをしないといけないから、おでかけ出来ないと謝った。

僕は引き攣った顔で、全然大丈夫だよと答えるしかなかった。

彼女が去った後、悲しくて泣いてしまっていた。

予定も心も空っぽになった僕は、
もしかしたらいつか行くかもしれない、なんて思いながら、
バスに乗って30分かけて、一人で彼女と行くはずだったデートコースを回った。
お店で、綺麗な便箋を買い、
喫茶店で彼女への手紙を書いた。

そしてバイトも無いのにバイト先に帰ってきて、
合間を縫って彼女に渡しに行った。
焦っていたから人がいるのに気づかず、
彼女が困惑していたのが分かった。
僕は迷惑をかけてしまったのだと更に凹んだ。

その後、僕が短期バイトの勤務終了日までの3日間、
彼女から手紙の返事をもらうことはなかった。

最終日、このまま終わってしまうことが悲しかった僕はまた手紙を書いた。
バイトの期間が終わって地元を離れてしまうけれど、よければ手紙や電話でやり取りしましょう、と連絡先を書いて渡した。
彼女は、僕が急に辞めてしまうことに驚いていてなぜ昨日言ってくれなかったのかと言っていたが、
僕はもう絶望的な気持ちだったから、曖昧な返答をしてその場を後にした。

結局、その後僕が祖父母の家に戻った後、
彼女から連絡が来ることはなかった。

季節はいつのまにか秋になり、勉強に本腰が入らないまま、模試の判定結果に打ちのめされ、
四苦八苦してのたうち回りながら勉強して、
なんとか希望大学に滑り込んだ。

当時の自分が書いた日記を読み返すと、
僕はいたたまれないような気持ちになる。
彼女は、初めて手紙を僕に渡したのをピークに、
どんどんと熱を失っていくような感じがした。
それに対し僕は、どんどんと熱を上げ、執着を強めていった。
ほとんどキャバクラに注ぎ込む客と同じで、熱に浮かされ、冷静さを失い、自分にもっと興味を持ってほしいと常軌を致した行動を取る。
僕は今になって日記を読み返し、自分のことながら自分が怖かった。
相手から自分に手紙を渡してきたのだから、相手は自分に好意を持っているに違いない。
僕も好意を返していけば、もっと仲は深まっていくはずなんだ、と前のめりで必死になっていた。

違和感はあったが、気づかないフリをしていた。
彼女は手紙でスマホでドラマを見ていたと書いていたが、連絡先を聞いた時には携帯を持っていない、と言っていた。
段々と内容と文字が雑になっていき、返事の頻度が減っていった彼女の手紙。
デートの当日ドタキャン、さらに代替日を挙げなかったこと。
その後の手紙のやり取りや連絡がないこと。
会いにいくといつも申し訳なさそうに笑っていたこと。

真実は、
彼女は心身ともに疲弊する異国での住み込み仕事の最中、
恋愛感情ではなく、暇つぶしのように手紙を書き渡してみたのではないか。
連絡先を教えると関係が断てないから、後腐れのない手紙にしたのではないか。
そして、それにもすぐに飽きてしまって、
しつこく接してくる僕を面倒なことになったと思っていたのではないか。

僕は彼女と僕の見えているもののあまりの乖離に眩暈がした。
なんて真実は残酷なんだろう。

僕は当時、相手をあまり見ずに自分の思い込みの世界に入り込んでしまっていた。
そういうことをしていると、そっと距離を置かれ段々と疎遠になるものだと思う。
タイトルに失恋などと書いたが、そもそも彼女にとっては何も始まっていなかった。

僕はこの出来事を思い出す時、今でも当時の感情を思い出し、その酸っぱさに顔を顰めてしまう。
だけど、滑稽で哀れで、でも懸命に生きていた自分を、ずっと忘れないでいたい。

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