あなただけが、なにも知らない#24

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 道は僕から離れてゆく。まるで空に浮かぶ雲のように遠くに……。ゆっくりと遠くに離れてゆく。

 手を伸ばしても掴めない物は沢山あった。僕はいつも諦めていた。それが普通だった。欲しい物は手に入らない。いらない物だけが手元に残るんだ。僕はそれを受け入れた。いつからだろう、僕は全てを受け入れるようになっていた。それで嫌なことはなくなった。その変わりに嬉しいこともなくなった。何かを得るには何かを捨てなくてはいけないんだ。僕が悲しむことで誰かが救われている。そう思うと、僕は救われたんだ。僕の目には悲しみの色だけが映し出される。そう信じていたんだ。目に入って来る人。耳に入って来る音。口から出てゆく想い。僕を覆うそれぞれが、僕の中の憂鬱や虚無を奮い立たせる。僕はそうやって、育った者の餌になる。そうやって、儚く無くなってしまいたいんだ。


「拓海……」
 微かに聞こえる声はざらついている。


 腕を強く捕れた。耳栓はしていないはずなのに、声は聞き取りにくかった。誰なんだ。僕の邪魔をするのは。今なら一つになれそうなのに……。

 目の前に、気泡が立ち始めた。


 僕は、また戻るのだろうか。風景に混じって、時間を感じながら息をするのだろうか。見えない人の奥を感じ、言いようのない真っ暗な気持ちで、誰にも気づかれずに、ひっそりと。通り過ぎる風の様に、流れる血の様に、道の端に落ちている……小さな石の様に。

 此処は何処だろうか。今僕は、あの時の様にアイマスクが外れているだろう。目に容赦なく差し込む光を不快に感じる。体の熱が頭を揺らす。凹凸のない平らな物が僕を囲んでいる。僕を包み込む柔らかい感触に……飽きていた。


 上半身を起こす。


 周りは真っ白く、冷めた空間の中に僕は居た。横にはリュックが置かれている。なぜだろう。悲しい気持ちが込上げる。

 僕には両親が居ない。兄弟も祖父や。恋人さへもよく思い出せない。それなのに、僕の足元に涼真が柵に手を掛け立っている。
 彼は今、目に涙を溜めている。僕には理由が分からなかったけど、僕がベッドの上で横になっている事は分かった。
 涼真は僕の横に来ると何も言わず、ベッドの下にある小さな丸いパイプ椅子を引き出し、両手を先に付け、跨ぐ様にして座った。その距離が僕には不快で、反射的に体を反らすように反対側へ少し動かし、距離をとった。何も話そうとしない涼真は珍しかった。
 目の前のベージュ色のカーテンが急に開いた。


「食事は食べれましたか?」
 事務的な声で目の前にある食事に気が付いた。


「昼はいつも食べませんね」
 白い服を着た女性は、何かメモを取りながら話し掛けて来る。


「……昼は自由なんだ。」
 自分の声を久し振りに聞いた気がした。

 訝し気な顔を僕に向けるその人は、食事を持って何処かへ行ってしまった。


「……なんでだ?」
 目の前にあったカーテンは閉ざされた。音の方を見た。涼真が居る。彼は、ボソッと言った。


「何で死のうとしたんだ。」


「うん……」
 とりあえず返事をした。


 涼真の目から涙が頬を伝う。首を捻り、顔をゆっくりと小さく横に振っている。


「実は……あそこの家には、俺もよく子供の頃にさ……家族で旅行に行っていたんだ。俺らが住んでいる所より静かで、緑が多くて好きなんだよね。子供だったからはっきりとは覚えていないけど、初めて行った時、男の人が一人で切り盛りしていた。子供心に、料理出来るのかって心配したよ。……その人は優しかった。俺と同い年の子供も居るって言っていた。今は離れて暮らしているけど、いつかは皆で一緒に暮らすって楽しそうに話していたよ。葉が色付き始めているのを見てさ、もう直ぐ息子の誕生日だって言って笑っていた。でも、それから暫くして……その店は閉店した。残念だったよ……ほんとに。それから大学生になって思い出したんだ!あのログハウスのこと。理由は分からない。丁度暇だったし、気になって行ったんだ。そしたら店が開いていた。……南海がやっていたんだよ。小さい頃によく旅行に来たことの話をすると、南海があの人が言っていた子供だということが分かったんだ。なんだか嬉しかったよ。それから年に一度は行くようになっていた。いつだったか、二階に上がろうとしたら、凄い剣幕で怒られたのを覚えているよ。でも、実は南海が倉庫で絵を描いている時に、俺は二階に上がってしまったんだ。そして南海の部屋で写真を見つけた。家族写真だった。みんな笑顔で楽しそうな写真だった。写っていたのは南海の家族と拓海、あれ……お前の家族だよな?」

 なぜ病院は白いのだろうか。触ってみると壁は冷たい。薬品の匂いが、中に一歩入ると蟻が虫の死骸に群がるように襲ってくる。不快な気持ちに苛まれるのに、奥に入ると慣れてしまう。長く居ると……染まってしまう。
 僕は今、涼真の言葉が良く聞こえた。


「机の引き出しから新聞の切れ端が沢山出てきた。大切な思い出をしまっているみたいに、綺麗にノートへ記事を張り付けていた。引き出しの奥には、まるで隠すように日記が置かれていた。……見たよ、全部」


 涼真は言って俯いたまま、左目を擦った。


 ……つづく。by masato

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