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あなただけが、なにも知らない#21

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「この場所は私の好きな場所だわ。この場所で沢山楽しい事をしたわ。家族の思い出が沢山詰まっているわ。この波の音も、強すぎる太陽の日射しも、全部好きだわ。父さんと母さんは笑っていたわ。私は貴方と手を繋いで歩いていた。まだ歩きなれない私を貴方は優しく助けてくれた。笑いながら追いかけて来る両親を見て、私たちも笑いなら逃げたもの。流木を触っている私を見て、貴方は泣いていたわ。私にとっては……。この場所は……」

 詰まる言葉に、僕は耳を傾けていた。

「私にとって大切な場所だから!貴方が何を言おうと、何を思おうと、この場所は大切な場所なの。……拓海にとっても、そうであって欲しい」

 彼女の目には涙が溢れていた。

行く場を失った涙は頬を伝い、乾いた砂を潤した。

 彼女は僕に近づき、そっと手を伸ばした。触れられた頬が濡れていた。思わず後ずさりをした。
 頬から南海の手が離れる。

 僕は、彼女が描いた絵を初めて見た時と同じように、無意識の中で涙を流していた。この海に来たからなのか、それとも彼女の言葉が嬉しかったからなのか、もしかしたら罪の意識からか。でも、そのどれにも違和感を覚えた。


「……無理だよ」僕の声が彼女に聞こえたのかは分からない。そしてもう一度、「無理に決まってるじゃないか。この場所は、あの事件の現……」


「貴方じゃない」
 彼女の声は空気を震わせ、耳を震わせ、砂浜に伝わり、そして吸収された。


 頬から離れた彼女の伸びた手。それはまるで掬った水を溢さない様に注意深く遊ぶ子供みたいに小さく震えていて見ていられなかった。

 彼女はその手を僕の胸に当てた。

「貴方じゃない。貴方は悪くない。拓海は……違う。貴方が親の罪を背負って苦しむ事なんてないわ」彼女は、絞り出すようにそう言った。「拓海……。もう、自分を責めないで。私は……。私達は……」

 彼女は、言葉を詰まらせた。

「違う……。違うんだ!僕は自分の事を責めてなんていないんだ。それすら出来ていないんだ! ここに来るまで……君の絵を見るまで、僕は何も思い出せなかったんだ。今でも全部を思い出せた訳じゃないんだよ!」

「……それでいいんだよ」
 彼女のその言葉に祖母を思い出した。


「君の母親は、僕の母さんを殺すべきだったんだ。そう! 僕の母さんは侮辱をしているんだよ。……今でもだ」僕は言葉を選ぼうとは思わなかった。「母さんが死なずに生きているなんて、僕や君に対する侮辱でしかない、そうだろ? 罪なんだ。あの人が生きていることは、罪なんだ!」


「それなら私の父さんも罪人だわ……」


「そうだよ。君の父さんも僕の母さんと一緒なんだよ。……ふざけやがって。あれから僕は変わってしまったんだ!」


「私は、あの日から少しだけ父さんと二人で暮らしたわ。事件の事を知ったのは、それから大分先だったけど……」南海は気を持ち直し言った。「父さんは毎日笑っていたわ。私はそれに励まされて、助けられたの」


「奪ったんだ!大切な気持ちを奪ったんだよ!」


「だからそれは……、私の父さんも一緒よ」


「そう……。奪って、奪われて……」
 僕は何を言っているのだろう。


「父さんには夢があったもの」
 

「夢?馬鹿げている」
 南海のその言葉に僕は苛立ちを覚えた。


「その夢は、今の私の夢」
 南海は小さく、確かにそう言った。


 僕は、ここへ来た意味がまだ分からなかった。でも僕の抜け落ちて汚れた記憶に、彼女は優しく触れようとしているのはハッキリと分かる。

 でも……。それでも……、母さんの記憶は、僕の中で汚物と化し直視できない物へと変わる動きがぼやけて見えているんだ。

「僕の父さんは、あれから結婚したんだよ、他の女と! 馬鹿だろ。俺は捨てられたんだよ。何考えて生きてんだろうな」
 僕は、笑って言ってやった。


「……貴方は、幸せよ」
 彼女は俯き、そっとそう言った。


「どこが幸せなのか分からない。ちっとも分からない」


「帰る場所が合って、そこに待っていてくれる人が居て、心配してくれる人が居て、本物の優しさに包まれて貴方は生きてきたのよ! それに気づいていないだけだわ!」


「本物の優しさなんて無い! 優しくしてる自分が好きなんだ」


「違うわ! 貴方は何も分かってない。何も知らない……」

 彼女がそう言った後、僕達は何も話さずに、ただ黙って時間の流れを感じた。
 暫くして、僕は一人砂浜を歩いた。砂に足を取られ、右の足首に痛みを感じた。体を屈め足首に手をやった。後ろからやって来た南海が、僕の横で腰を下ろす。それから、僕と南海は海を眺めた。何も話さなかった。強い日射しも気にならなくなっていた。南海は時折、僕を見て微笑んでいだ。
 その日、昼食は食べなかった。太陽が海に近づいて来ると彼女は、「夕食の準備をしなくちゃ」そう言って立ち上がった。帰り際に、「大丈夫?」と言った。

 僕は……頷いた。

 彼女は、なぜ僕に優しいのだろうか。彼女は僕の記憶から抜け落ちていたのに……。

 空が赤く染まっている。空の色が海に溶け込む。僕は何度も、この場所に来ていたんだ。両親との楽しい記憶は、ここにしかない。そんな気がした。


「暗くなる前に帰ろう」
 南海が去って、誰も居ない砂浜に僕の声と波の音だけが響いていた。


 ……つづく。by masato
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