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大人の味を覚えてしまって

その日、銀座にて野暮用を終えたところで、ふと脳裏を過ぎり、
「ちょっとだけ寄り道していいかな」と僕は歩き出した。
コロナ禍以降、ずっと心のどこかで気になっていた場所があったからだ。
いくつかの角を少し早足で曲がって、そのお店の看板が以前のままであることを目視すると、ほっと、少しだけ安堵した。
扉を開け、沢山のシェリー酒のボトルと、樽の人懐こい香りに囲まれいていると、
何人かの友人の顔が思い浮かんだので、呼び鈴を鳴らし、奥から出てきた店員の方に、
「夏に何かこうキリッとオススメのものありますか」
と尋ね、自分の分も含め、何本か見繕ってもらうことにした。

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いつかの正月、年越しのライブを終えた僕はスペインにいた。
「サッカー観に行かない?」
スケジュールを確認する時に、流石に正月なら仕事は入らないだろうと二つ返事でOKしたが、それがスペインのサンチャゴ・ベルナベウレアル・マドリッドの試合だとは思わなんだ。
静まり返った深夜の空港で蕎麦を啜りながら、誘ってくれた友人を待っている間、僕はスマホ片手に半信半疑のまま、スペイン語、挨拶、基礎知識などの、必要最低限(にも程がある)の情報収集に勤しんでいた。

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当時のレアルはクリスティアーノ・ロナウドがチームを去ったばかり。
それでもスタジアムの周りの土産物屋ではロナウドのユニフォームやタオルが未練たらたら一等地で飾られたまま。
階段を登り座席に辿り着く間、吐き捨てられた向日葵の種を踏みしめながら、見渡したスタジアムの光景と、画面越しに見ていた幾多の名場面の映像が重なって、僕の心の中ではチャンピンズリーグのアンセムが鳴り響いていた(いいえ、見に行ったのはただのリーグ戦です)。
肝心の試合は開始わずか1分、カゼミーロが相手チームにPKを献上。
後半には退場者も出て完全にもうお手上げ、試合終盤には会長辞めろコールがスタジアム中にこだまし、試合終了を待たずに帰り出す人々。降格を争う下位のチームに完敗、稀に見るク○ゲームだったのを覚えている(とても貴重な体験をしました)。

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その後適当にブラブラしながら(途中、生牡蠣に当たり地面を這いつくばりながら)、何日かの滞在を経て、帰りの日。
空港に向かう道すがら、はじめはドキドキするけれど、旅が終わる頃には地下鉄もバスも、なんとなく使いこなしてきて、なんだか名残惜しい。

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さあ、あとは空港のカウンターにてチェックイン。
時間までコーヒーでも、いやビールでも、ワインでもいいか、なんて算段で、空港の扉を開けた瞬間、どうやら様子がおかしいのである。
チェックインカウンターの前には人が集まり、様々な言語が、格闘技のような鋭さで、飛び交い、凌ぎを削っている。
どちらかと言うとまだ僕の方が英語がわかると言うだけの理由で(中学生レベルです)、良くも悪くも日本人らしく、辛抱強く列に並び順番を待ち、ついぞ自分の番になると、ソレトナーイ英語で、ナントナーク状況を把握することに注力し、ミブリテブーリを駆使しているうちに、いくつかのことがわかった。

・どうやら乗り換える予定のフランスの空港でストライキかなんだかが起きて、飛行機が飛ばないらしい。
・それでいて今日代わりになる便はもう飛ばないらしい。
・明日、日本への直行便にチケットを振り返ることが出来て、今日は近くのホテルをこちらで抑えるのでそれでいいか?と聞かれている。


まあ、他に選択肢もないよね、連れには事後報告でいいや、とその場で了承し、
空港近くの提携ホテルへの直通バスの案内を必死に丸暗記。
"アディオス(さようなら)"と使い慣れた(風に)挨拶し、その場を立ち去ろうと、後ろを振り返ると、おそらく日本人、僕より少し年上の男性が、同じように不安そうな顔で並んでいたので、思わず話しかけていた。
「今日もう飛行機飛びませんよ」
そう告げると、え、と少し驚くような、表情。ですよね。事情を説明し、2人お願いするのも、3人お願いするのもたいして変わりもしないので、
「今ホテルと振替の便をお願いしたんですけど、もう1人ついでにお願いしましょうか?」
会話はそのまま淀みなく流れ、一緒に手続きを済ませた。

そして、空港の近くのホテルにたどり着くまでの間、
これも何かの縁かなと思い、何気ない会話を続けていると、どうやら旅の途中のどこかで携帯を落としてしまったらしく、とても困ってらっしゃったので、仕事先へ連絡するのに、もし必要であらば、僕らの携帯でもパソコン良かったら、と使ってもらうことにした。(海外でスマホ落とすとか、恐怖でしかないですよね。)

そんなやりとりも終えた頃には夜遅く、空港近くのホテルの周りは見渡せど何もないところだったのだけれど、唯一隣のレストランが空いていた。
「せっかくなんで、他にすることもないし。」
と僕と友人と、その偶然後ろに並んでいたお兄さんの3人で飲みに行くことになった。

メニューを見ながらスラスラと、的確に、そのお店のおすすめを頼んでくれた。どうやら仕事で定期的にスペインを訪れているらしく、文化のこと、料理のこと、そして、お酒のこと、とりわけシェリー酒のことにとても詳しかった。
自分の辞書の空欄、真っ白なページの話の連続は聞いていてとても面白かったし、この旅で行ったお店の中で一番美味しかったのはこのレストランだった。
旅を最も満喫する方法は、現地で友達を作る。
長年ミュージシャンとしてツアーに回っているノウハウを、この時ようやく思い出したのであった(あと数時間で帰るよわよあなた)。

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次の日の朝、特に待ち合わせたわけでもないのに、
気づけば朝食会場で同じテーブルに座っていた。
別れ際に名刺を頂いて、
銀座のシェリー酒の専門店で働いているんです、と聞いて、
「じゃあ今度は日本でお店に遊びに行きますね。」
なんてお別れをした。

後で知ったけどそりゃ詳しいはずだわ(品揃え世界一って)。


日本に帰ってきて間もなく、銀座まで背も足も伸ばして、約束通りお店にお邪魔して、料理とお酒を頂いた。
こんなん選べるかい!と突っ込みたくなるほどのシェリー酒の種類に、潔くおすすめを乞うて、料理と合わせて、とても美味しかったのだけれど、中でも料理の最後の締め、デザートに、バニラアイスに、甘めのトロッとしたシェリー酒をかけてくれたものが、びっくりするくらい美味しくて、最高だった。
(この先僕は好きなスィーツを聞かれたとして、若干食い気味に話すと思われ。)
子供の頃から知った気でいたバニラアイスが、シェリー酒を垂らしただけで大人の階段を全力で駆け上がる。完全に18禁の、なんか大人っていいなと思えた味だった。

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また自由に外食が出来るようになったら、お酒が飲めるようになったら、
そんな約束をもういくつしたのだろう。すべてを反故にしたわけではないけれど、非常事態が日常になった今、時折忘れてしまいそうにもなる。

思い出したかのようにバニラアイスに垂らす用のミニボトルを追加して、お会計をする時に、話の成り行きで「昔スペインでご縁があって」と店員さんと話していたら、あああの時の、と、別の場所に居た店長さんが挨拶をしに来てくれた。
ものの数分に満たない、距離を取って、互いに気を使ってのマスク越しの立ち話だけれど、それでもとても嬉しかった。
友達のお店や、長く続いてもらわなくては本当に困る、というお店に、
自分の出来ることなど、砂漠にスポイトで一滴水を垂らすようなことにしかならないのだけれど、
思い出に生かされているな、なんて思うこともある。
大切なものが大切なまま、そこにいて欲しいな、なんて考える。
少なくともまた来ますね!と約束することが、どれだけ活力になるか、元気が出るかを、音楽をしている自分は思い当たるところがあって、
精一杯の約束をして、帰り道、バニラアイスを買って帰るのであった。



<基本こちらでタメにならないどうでもいいことを喋ってます。503名様限定>


褒められても、貶されても、どのみち良く伸びるタイプです。