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やさしいはなし

友人が去ってしまった店内はやけに静かで、ふと流れ出すMy foolish heart。薄暗い中に伸びるセードの影を眺めている。

今日この小さな喫茶店に辿り着くまでの、まるで日記のようなくだらない、どこにでもある話をさせて欲しい。

急いで街を走り抜けて、それでも電車に乗れなかった時の寂しさだとか、誰かの苛立ちに満ちた行動が自分に向いた時の苦しさだとか、おおよそそんな感じであった。心。
小さな成功体験(たかだか乗り換えに成功して少し早く目的地に着けるだとかそんなことだ)の後、少しだけまろやかな陽射しを感じた。夜はまだ、遥か遠くにあった。せめぎ合っている穏やかさと焦りや、前進と後退の隙間で、疲れにくるんだままの澱みきった気持ちは、自発性を以てその陽射しを見た。まるでそれは早朝の明るさに伸びる産声のようで、アイスランドの地を裂けて出る間欠泉のような、背骨の少し手前を明確に滑り上がるような興奮だった。網膜がこれまでに無いほど稼働して、そこからさらなる情報を得ようとしている。剥き出しの震えがやってきそうで、鼻の先に痛みのような冷たさを感じて、瞼の奥から少しずつ滲み出る雫を知る。街はいつも通りで、耳には小沢健二のローラースケートパークが流れていた。



店内にはさまざまな人がくつろぐ。おそらく吃音を持っているだろう女性が楽しそうに話している。外国人男性は店の奥の方の席に入りたそうだ。店員さんはテキパキとしながら上手に苛立ちを隠している。2人の20代女性はもう二時間近く先輩の悪口を言っているが、おそらく大好きなんだろう。
みんな楽しそうで、少し気持ちがほころぶ。


たとえば、今これを読むあなたがピアノを弾けないとする。(またそれは別の楽器や技術でも良いだろう)そんなあなたが今日から猛練習して弾いた課題曲が、どこかの演奏家と匹敵するほどに秀でている可能性は何%だろう?

きっと宝くじを買うような可能性だろうが、それは必ず0じゃない。それをあなたに知って欲しい。
逆行する水星の操る年末に、そう思った。

2023.12.26

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