ジョーダン・ピール、カノ、AOAが示す属性を越えた繋がり


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 ある日、「君は原稿で“私たち”を使いすぎ」と怒られた。世の中にはいろんな人がいるのだから、それを一括りにするような言葉は使うべきじゃないと。

 なるほど! 一理ある…なんて思うわけがない。それはおかしいと、筆者なりに言葉を尽くして反論した。
 私たちが住むこの世界には、さまざまな境界線がある。収入、属性、地域など、挙げていけばきりがないほどに。さらにそれぞれの境界線は、何かしらの傾向を持つことも多い。たとえば、OECDの調査によると、恵まれた子供と恵まれない子供の間には教育格差がある。そうした現実を伝えるとき、“私たち”という視点は大切だ。似たような境遇の人に気づきをもたらし、連帯を促すことができるのだから。そのためにも、“私たち”と口にしなければいけないときがあると、筆者は考える。

 最近、そんな考えに近い映画を観た。ジョーダン・ピール監督の『アス』だ。現実世界の出来事を反映させたスリラーであるこの映画は、アメリカも含めた世界中の国々で拡がる貧富の格差を表象した描写が目立つ。栄華の“下”に隠された人々の情念と向き合い、現代社会に対する批評性を漲らせる。
 このような作品の原題が『Us』なのもおもしろい。文字通り“私たち”を意味する言葉だからだ。そこには、『アス』で浮き彫りになる問題は“私たち”のものであるという、痛烈な批判を見いだせる。


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 カノの『Hoodies All Summer』も興味深い作品だ。今年8月、イギリスのラッパーが発表した最新アルバムである本作は、自国の社会問題を多く取りあげている。
 こう書くと、イギリスに住む人だけがコミットできる内容に思われるかもしれない。だが、おもしろいことに、イギリスに住んでいないリスナーも共鳴しているのだ。Billboardのインタヴューでは、アメリカ人のインタヴュアーによる次のような質問が投げられる。

I think that a lot of the social issues you touch on are also prevalent in America as well. Even if that wasn't your original intention, Americans can also relate to what you're saying.

 『Hoodies All Summer』で触れている問題は、アメリカでもよく見られる。それがあなたの意図でなかったとしても、アメリカ人も関連性を見いだせるという旨だ。この質問にカノは、同意する答えを返している。
 VICEのインタヴューも重要だ。前作『Made In The Manor』と『Hoodies All Summer』を比較した質問に、カノは〈That album was about me, this album is about ‘us.’〉と返答した。あのアルバム(『Made In The Manor』)は私に関するもので、今回のアルバムは“私たち”に関するものだと。

 『アス』と『Hoodies All Summer』が“私たちの問題”として表現できたのは、人々の姿だけでなく、人々を取り巻く社会の構造にも目を向けたからだ。そうすることで、作品が題材としている属性のみならず、それ以外の人たちにも響く側面が生まれた。そこに筆者は、属性を越えて繋がるという、多彩さと拡がりがある連帯の可能性を見る。
 この可能性はあらゆる運動や流れに一筋の光をもたらしてくれるだろう。ドイツの哲学者トム・ヴァールファルトは、弱者を犠牲にする気候変動政策がおこなわれることに危惧を抱き、未来のための金曜日(Fridays For Future)と黄色いベスト(Mouvement des Gilets jaunes)が共に歩めるような枠組みの必要性を説いた。そうした懸念を解消するためのヒントが、『アス』や『Hoodies All Summer』には隠されている。



 属性を越えた繋がりといえば、Mnetの番組『Queendom』でAOAが披露したパフォーマンスも興味をそそられた。このパフォーマンスで彼女たちは、異性装で身を包み、MAMAMOO(ママム)の“Egotistic(너나 해)”をカヴァーした。その立ち居振る舞いは、女性のステレオタイプを打破するものとして、高く評価できる。ところが、それだけじゃなかった。曲が中盤に差しかかると、ドラァグダンサーたちも交わり歌い踊るのだ。この光景は、〈私の好きなように生きていく(내 멋대로 살아갈래)〉と歌われる歌詞も相まって、女性も含めたあらゆるステレオタイプに抗うというメッセージを発していた。属性は違うかもしれないが、それでも手を取り合い、共に歩むことはできる。そんな確信を抱かせる力強い4分間だ。

 MeTooや未来のための金曜日といった、社会が揺れ動く瞬間を私たちは目撃してきた。しかし、いまだに女性差別は根強く残っている。G7サミットの気候変動に関する討議をドナルド・トランプが欠席したりと、環境問題への理解もまだまだ進んでいない。そこから前進し、オルタナティヴな社会システムを広げていくためには、ジョーダン・ピール、カノ、AOAが示したような属性を越えた繋がりや共鳴こそ、いま以上に必要なのではないか。そう思わせるほど、3者の表現は示唆的で、未来的だ。

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