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What Is Your Pronoun?~ましろの草子2

1 はじめに


What is your pronoun?


この英文を直訳すると、「あなたの代名詞はなんですか?」となる。要するに、「あたは普段自分を表現するときにどんな代名詞を使っていますか?」となる。


真しろは最初こう聞かれたとき、意味が分からなくて、なんどもどういう意味なのか、質問してきた人に尋ねた。それほどに衝撃的な質問だった。なぜなら、日本にいた時には、そんな質問をされたことがなかったからである。けれど、この質問は難しく考える必要はない。この質問が問うているのはつまるところ、自分の性自認についてなのであるから。


今回の記事では、真しろがとあるイベントに参加して考えた、ジェンダーについて、言語学的な視点に立ちながら書いてみようと思う。


2 National Students Pride


真しろは2月10日から11日にかけて、ロンドンで行われたNational Students Prideというイベントに参加した。このイベントは、LGBTQ+のことを中心に、ジェンダーについて考える祭典である。


参考サイトはこちら。


https://www.studentpride.co.uk/


具体的には、パーティーやトークセッション、グッズの販売会やライブイベントなど、さまざまなステージが用意されていた。真しろが最も面白いと感じたのは、トークセッションのひとつとして行われた、「Joys of the Gender Journey」というものだった。英語がかなり早く、なおかつすこし専門的だったので、全てを理解できてはいないが、「男」とか「女」というジェンダー規範を超えて考えることの楽しさについて語られたセッションであり、そもそも、「gender journey」という言葉に感銘を受けた。


3 What Is Your Pronoun?


先ほど話題に出したセッションの冒頭でも、そしてこのイベントに申し込もうとしたときにも、この質問は言及された。自分のジェンダー観について考えるときに、この質問は出発点となるのかもしれない。


読者諸氏はこれにどう答えるだろう。なぜそんなことを聞くのかと考えてしまうかもしれない。自分が普段から使っている言葉というのは、服装や動作や好きな色などと同様、自分も知らないうちに、自分のジェンダー観を回りに明らかにしてしまう道具なのである。


たとえば、「1人の少年が立っていた。彼女は背が高かった。」という文章は、文法的には正しくても、意味的には間違っていると思う人がいるかもしれない。なぜなら、「少年」とくれば、「彼」と来るはずなのに、「彼女」となっているからだ。もっと現代的な例で言えば、「ぼく」とか「おれ」という言葉を使う女の子を、「ぼくっこ」とか「おれっこ」などと言ってからかう人がよくいる。つまり、女の子なら1人称は「あたし」とか「わたし」という代名詞を使うべきだし、3人称なら、「彼女」と言われるべきで、男の子なら、「ぼく」とか「彼」という代名詞を使うべきだという考え方が多くの人に染みついているのではないだろうか。


しかし、そんなことは誰かが決めたことではない。国語の教科書には、「女の子の代名詞は『彼女』や『あたし』にしなければならない」と書かれているだろうか。つまり、見た目が男の子であっても、「あたしは太郎です」とか、逆に、「おれは花子です。」という女の子がいたっていい。最初に記した用例も、正文(正しい文章)と言える。ちなみに、少年とか少女とか、普通の名詞でもジェンダーを明らかにしてしまう言葉の場合、そこにも代名詞と同じ問題が生じることになる。

What Is Your Pronoun? という質問は、そんな問題提起を我々に与えている。


4 日本語と英語の比較


日本語は、1人称を使って自分の性自認を直接的に表すことができる。あたし、わたし、わたくし、ぼく、おれ、おら、おいら、せっしゃ……。こうやって挙げただけでも数知れない。おそらく性自認を明らかにしたくない人が無難に現代のコンテクストで使える日本語の1人称代名詞は、「わたし「か「わたくし」だろうか。


ところが英語の場合は、1人称の代名詞は、Iのみである。これは2人称代名詞でも同じだ。英語において性自認と関連があるのは3人称代名詞の、he, sheである。つまり、英語でWhat is your pronoun? と聞かれたら、この3人称代名詞のどちらかで答える必要がある。


さて、ここで問題。性自認を明らかにしたくなかったり、自分は性別を決めたくないと思っている人は、heとshe以外にどの代名詞を使えばいいのだろうか。これは日本語の3人称代名詞、「彼」、または、「彼女」にも同様に起きる問題だ。


英語の場合の解決策としては、3人称複数代名詞として使われる、theyを代用することで対応しているようだ。もちろん、3人称複数代名詞としての意味と重なるため、ややこしくなるという問題はあるが、文脈から推測すればなんとかなるだろう。このような解決策を日本語で探そうとすると、少なくとも真しろはうまく見つけられない。


5 ジェンダーを超えた言語使用


上記で記したぼくっこやおれっこの用例のように、最近では、女性でも「ぼく」や「おれ」をあえて使う人がいれば、男性でも、「あたし」を使う人がいる。歌などでは、男性アーティストの曲でも、「あたし」が使われることは珍しくない。また、語尾に、「わよ」とか「わね」とか「のよ」と付けるのは女の人の言葉と思われるかもしれないが、男性でも使う人は多い。つまり、これは男性的な言い回しだとか、これは女性的な言い回しだなどというのはただの慣例であって、誰がどんな言葉を使おうと、言葉は簡単にジェンダーを超越できるし、この言葉を使っているからこの人はこの性別だと勝手に他人が決めることはできないとも言える。


6 自分で自分を決められる社会に


最近よく言われていることでもあるが、「男の子はこうであるべき」とか、「女の子はこうであるべき」というのは、過去の経験が作った見せかけのルールに過ぎない。そのルールには合理性がないし、物によっては理不尽でさえある。そしてそれはジェンダーに限ったことではなく、自分のラベルで勝手にルールを押しつけられることは、世の中にたくさんあるだろう。


そんな社会で最も怖いのは、「自分にはそういうラベルがあるんだからそれに追従すればいいんだ」という人が増えることだ。そうなってしまったとき、本当の自分はどこにいるのだろう。自分で自分を表すにはどうすればいいのだろう。


これから必要なのは、自分で自分をなんと呼んで、どんな自分でいたいかを決められる社会になっていったほうが、きっといろいろな意味でみんなが楽になれるはずだ。What Is Your Pronoun? という質問は、そんなことを思い起こさせてくれた。


7 Song for You


今回紹介するのは、シャナイア・トウェインという人の、“Man, I Feel Like A Woman”という曲だ。この曲は、National Students Prideのパーティーで流れていた曲だ。前から知っていた曲ではあるが、なんとなくジェンダーに関して語っている曲のように思われる。歌詞の意味については完全に追えているわけではないが、なんども出てくるギターのフレーズがきっと癖になるだろう。


ご視聴になりたい方はこちら。


https://open.spotify.com/track/6Agiwgwq5BtflpNynGYsUv?si=onW_hVKNSkqdzNf03Tcw1A

8 おわりに


今回はいつにも増して、言語学っぽい話をたくさん書いてしまった。けれど、自分の中でずっと考えていた問題を言語化できたので、執筆者としてはうれしく思う。


また、日本には、National Students Prideのように、全国の学生を対象にジェンダーについて考えるようなイベントがほぼないので、今後開催されることを願っている。


それでは、Have a nice day!

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