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髭剃り




 小さい頃、髭剃りをする親父の背中を見ていた。
「どうした?」
「お父さん、僕も大人になったら、髭剃りできるかな?」
 親父は困った顔をしていたが、
「そうだな。お前も立派な大人になったら、髭剃りするかもな」
 と言った。
「僕も早く大人になって、髭剃りしたい!」
「何だ、お前は子供であることが嫌なのか?」
「嫌だ。だって、自由がないし、何だか窮屈だから」
「そうか。でも、大人になっても自由はないし、窮屈だけどな。まあ、子供よりはマシか」
「僕は大人になって、髭剃りして、世界を変えるんだ!」
「そうか。お前なら、きっと髭剃りもできるし、世界も変えられるぞ」
「うん!」


「親父、また俺の髭剃り使ってるのか」
「ああ、電池切れだったからな」
「まったくだ。俺の髭剃りの寿命が早くなっちまう」
「大丈夫だ。俺の髭剃りなんて、お前が小さい頃からずっと使っているんだから」
「・・・まじか」
「ああ、まじだ。父さんが使えば長持ちするんだ。だからお前のやつも長持ちする」
「意味不明な理論だな」
「そういやお前、昔髭剃りに憧れていたの覚えているか?」
「さあ」
「早くお父さんみたいになりたいって、ずっと騒いでいたぞ。かわいかったなあ、あの頃のお前は。髭剃りして世界を救うって言っていたお前は、どこに行ったんだ」
「何だその黒歴史は。まあ、所詮子供の戯言だ」
「でも、あながち間違っていないんじゃないか」
「何が?」
「お前は毎日髭を剃って、医者として患者を救っているじゃないか。その積み重ねが、世界を救うかもしれない」
「闇医者だけどな」
「でも、命を救っていることに変わりはない。どこかでお前を必要としている人がいるなら、それでいいじゃないか」
「そういう親父も、美味しいパンを焼いているんだから、どっかの誰かを救っているんじゃねえの」
「そうだといいな」
「じゃあ、そろそろ行くわ。今日も小さな世界を救ってくる」
「ああ、頑張れよ。父さんも小さな幸せ作るから」
 家を出て気づく。親父と話していたせいで、髭を剃っていないことを。まあいいや、誰かを救ったあとで、ゆっくり剃れば。親父の背中でも思い出しながら、小さい頃の憧れを思い出しながら。今でもかっこいい親父を尊敬しながら。


 

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