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同級生 『春の歌』



ガラガラとスライド式のドアを開ける。
綺麗に区画整理された机たち。
ピカピカにされた黒板。
窓は、開いている。

僕は指定された席に座る。
わずかばかり居る生徒たち。
それから続々と来る生徒たち。
彼らとは、これから同級生になる。

話しかけようか、しばし迷う。
しかし吃る癖があるから避けたい。
読書でもして壁を作ろうか。
そんなとき、隣の人が声をかけてきた。

「おはよう」
僕も返す。
「おはよう」
彼はニカっと笑う。

「どこから来たんだ?」
「僕は、北の方から」
「へえ、俺は南から」
「ああ、そうなんだ」

「中学何やってた?」
「僕はサッカー部だった」
「奇遇だな。俺もだよ」
「じゃあ、高校でもやる?」

しかし彼は首を横に振った。
「俺は演劇部に入るんだ」
「演劇部?」
「そう。ロミオになりたいからな」

その後の自己紹介でも、彼は宣言した。
「俺はロミオになって、愛を叫びたい!」
教室には爆笑の渦が巻き起こっていた。
しかし隣にいる僕は、心底関心したのだ。

それからは、彼と同級生になった。
しかし深い関わりを持つこともなかった。
僕には別の友人ができて、彼にも別の友人ができた。
僕はサッカーに、彼は演劇に励んだ。

僕らは初めて話した同級生だった。
だから挨拶をしたり、昼飯を食うことはあった。
それでも、友達にはならなかった。
僕らは同級生のまま、卒業を迎えた。

あれから十年ほどが経つ。今日も春。
僕は新入社員の研修を手伝っている。
もうとっくに、サッカーボールとサヨナラをした。
今の僕はとある企業の一社員でしかない。

梲が上がらない日々。悶々とする日々。
それでも生きていかなければならない日々。
時々、人生すら辞めようと思う日もある。
ただ、僕をつなぎ止める者がいる。

かつてロミオになろうとした同級生。
彼は今、ロミオになって愛を叫んでいる。
シェイクスピアの戯曲を演じる同級生。
彼の演技を見ると、なぜだか、涙が出る。

彼はなりたい者になった。
僕は何になりたいのか。
しかし、何にもなれない僕がいる。
彼は舞台の上で現実を輝かせる。

外へ出れば、春が在る。
何かを手に入れる、春。
澄んだ空みたいな、青い春。
そこに佇む僕は、何者になる?






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