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墓、桜、月、それから猫 『春の歌』



 四月十日は祖母の命日。だから毎年、その近くになると墓参りへ行く。
 墓というのは鳥の囀りが響き渡るほど静かで、蝶が気になるほど気配がない。
 だからこそ、訪れに気づく。
 わずかな耳鳴り。それからすぐに、一匹の猫が僕の足に寄る。
 そうか、今年は猫の姿で来てくれたのか。
 僕は祖母が眠る墓に手を合わせ、線香の煙を纏って消える。

 今年は桜が長い気がする。開花が遅いだけだろうか。
 桜の木をじっと眺めていると、先ほどの猫が呑気に鳴く。
 しかし、もう祖母の気配ではない。ただの野良猫である。
 お前は桜が好きか? それとも桜を見ると儚くなるか?
 いや、猫はそもそも桜が開花したことすら知らぬかもしれない。
 四月の風に吹かれて、桜の花びらが舞い散っていく。

 以前よりも、月の存在を気にするようになった。
 それは間違いなく、祖母のおかげだと思っている。
 僕は兎が眠っている朧げな光を眺めて、明日へ向かう。
 おや、お前も付いてきたのか、退屈そうな猫よ。
 彼はいつでも不機嫌そうに、だけど僕を気にしているらしい。
 ならば、一緒に生きようじゃないか。いいだろう? 

 もちろん、返事はない。猫はただ、僕の足に寝転がるだけ。

 

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