私たちはちょうど始まったばかり(5)

じょうぶな石橋

 おかしい。前触れもなくこんなことが起きるなんて、今まで――三年間のうちで――一度もなかった。原因さえわからないものに、対処もなにもないだろう。
 侑二は、よく分からないうちに悪化していく事態に、焦りだけでなく恐怖も抱いていた。
 とても一人では解決――そんなものがあるとすればだが――できないと降参して、侑二は託人を頼ることにした。少なくとも自分よりは、まともな判断ができると信じていた。
 託人は侑二がよっぽど追い込まれているのを察してか、持ちかけたその日に応じてくれた。
 話し始めのうちは、託人は、それはそれは親身だった。けれど、侑二が「二週間」と言ってから、託人の聞き方は明らかに変わった。
「それでも、何の心当たりもない。一体どうすればいいのか――」
「二週間もか」
 あらかた説明を終えると、託人は食い気味に言った。
「二週間も、連絡が途絶えてのん気にしていたのか」
「侑二、お前はいつまで自分ばっかりなんだ」
 侑二は、託人の言いたいことは十分に理解できてはいなかった。けれど託人の言葉に、どこかはっとしてしまう部分があった。
 託人は、それ以上は何も言ってくれなかった。侑二は、考えようとすればするほど、何かが押し寄せてくるような感じがした。そしてそれと同時に、何か大切なことに近づいている気もした。考えることは、意味のないことなはずなのに。
「ちょっと出てくる」
 託人はそれを聞いて、おう、と笑った。
 いつかこういうときが、このカップルには必要だと感じていた。今までは今までで、侑二の防衛本能だったのかもしれない。何より託人は、あの二人が好きだった。
 侑二が学食を出て行くのを見送って、残りのスープを飲み干しにかかった。

 大体の場所のアテはあった。それでもたとえ違ったら、また探し続けるだけだった。
 うちの高校には、駅までの道が何通りかある。そしてそのうちの一つに、アベック通りというものがある。名前の通り、カップルたちの通る道だ。
 侑二と透子が付き合ったあの日――ちょうど三年前の今日――は、日がな一日雨だった。侑二は緊張しっぱなしで、そのタイミングをずっと見計らうことだけに集中を集めていた。そしてそのために、人に邪魔されないように、まだカップル前の二人はアベック通りで帰っていた(透子はすこし嫌そうだったが侑二が無理やりひっぱった)。けれど、雨がそれを阻んでいた。それでも今日と決めていた侑二は、とても往生際悪く、屋根のあるベンチを探していた。そう、ちょうどここを一本逸れたところの――。
 早歩きだった侑二の足は、自然と駆けていた。長い時間ここにいたのだろう、俯いていた透子は侑二の足音に気づいてこちらを振り返った。
「ダメね。あなたに見つかってしまうような場所にいたんじゃ」
 涙でうるんだ目で、透子は侑二に笑いかけた。立ち止まりはしたものの、侑二は何と声をかければいいのか分からなかった。
 ずっと考えていたの、と透子は話を始めた。
「私、どうしたらいいのかしら」
「侑二君は、私といても楽しくないでしょう」
「彼女って、何なのかしらね」
 侑二はまたしても胸を打たれた。これら全て、侑二が考えるのを避けていた問いだったから。ようやく侑二は「おかしさ」を自覚した。
 どうして自分は、考えることをやめてしまったんだろう。上手くいっていたのは表面上だけだなんて、すこし考えればすぐにわかっていたのに。
「僕らは、たがいに、臆病、だったんだね」
 侑二は思考しながら、一言一言を必死に紡いだ。
「つまり、石橋を叩きすぎたんだ。大事だったから、その、領域を侵すことが、できなかったんだ」
 深く考えようとするほど、近づいていく。これは、間違いではなくて、正解なんだと、はっきり分かる。侑二の今の感情を形容するには、頭の容量が足りなかった。それくらい、いまは自分と透子のことを考えていた。
 透子は、侑二の話を真剣に聞き入りながら、いつの間にか涙を流していた。
 侑二は、いったいこの三年間でどれほど透子を傷つけてしまったのか、と思うと自然と涙を流してしまった。
 愛しくてたまらなくなって、侑二は透子を冷たいベンチから立たせて、思いっきり抱きしめた。三年間で初めてのそれは、とても衝動的で、感動的だった。
 透子がいつもずっと傍にいてくれるだなんて、欠片も思ったことがない。だからこそ、透子の内側に踏み入れるのが怖かった。
 付き合ってちょうど三年経ってようやく、侑二と透子は進展を迎えた。

ツギデサイゴデス、コウシンワスレテゴメンナサイ.

今まで一度も頂いたことがありません。それほどのものではないということでしょう。それだけに、パイオニアというのは偉大です。