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【短編】決まった世界の決めつけで

その国では古い言い伝えが信じられていた。

「人は生まれてくるときに、使命を背負って生まれてくる。そして背負う使命は生まれる時期によってすでに決定されている」

 どんな家に生まれた子供でも9歳になると使命を負うことになる。伝えられるのは使命という名前の職業や身分。具体的には一緒に暮らす家族や組織である。当然、本人の意思とは関係なく強要されるものであり、職業選択の自由も無ければ、自由恋愛もない。全ては生まれた時期によって既に決定されているのだから。

だからこそ、良いことも悪いことも起きる。

 そんなこの国で生きるもの達にとってもっとも光栄なことは「空の落とし子」と呼ばれる存在になること。空の落とし子となるためには「金星の輝き元、生まれること」と言われており、それは地球から金星が見えている時間、「宵の明星」と「明けの明星」の時刻に生まれること。

このタイミングに生まれた子は「神にもっとも近い存在」として扱われ、貴族や政治家などの養子になることが多い。

 反対に大干ばつ、大地震、山火事、凶悪犯罪、テロ行為など人々にとってネガティブなことが起きたタイミングに生まれた子たちは「災いの種人」と区分けされ、どんなに裕福な家庭に生まれたとしても9歳を迎えると一か所にまとめられた。

 大昔において「災いの種人」は存在してはならないものであり、9歳までは生かしてもらえるがその後は捨てられるか、その存在を隠しながら奴隷として生活していくしかなかった。

その後時代と技術が変わり「災いの種人」は殺されることは無くなった。

しかし、価値観までは変えることが出来なかった。

 そんな世界の、ここはある裕福な家庭。夫婦はお互いに星の落とし子同士で、この国でも稀にみる組み合わせの夫婦だった。そこに一人の女の子が誕生した。名前はサラリオン。みんなからはサラと呼ばれる非常に聡明でたくましく、美しい子だった。

しかし、サラが8歳の時悲劇が起きる。

海外での旅行先で大きな事故に会い、左目と右腕を失ってしまった。

 両親は病院で変わり果てた姿のサラを目の前にして立ち尽くすことしか出来なかったが、一言、希望の囁きがその病室に響き渡った。

「8歳・・・まだ間に合います」

囁いてきたのは悪魔か、それとも天使か。男は病院の小部屋で夫婦に告げた。

「私ならあなたの娘さんの〝使命〟を変えることが出来ます」

夫婦は藁をも掴む思いでその男を頼った。

 数年後、12歳になる彼女は元気に公園を飛び回っていた。無いはずの左目と右腕は完全に彼女の持ち物となっていた。

 その公園に視線を送る人物がいた。彼は一人、公園の風景を眺めるようにたたずんでいた。左目に眼帯をしていて、生まれてきたときに持っていた右腕は肩からそっくり無かった。

 彼は公園を横目にしながら街外れにある図書館へ向かっていた。彼は読書が好きらしく、受付の女性にカードを渡すと静かな空間へ溶け込んでいった。

 彼が左目と右腕を無くしたのは9歳の誕生日。両親がポストに届けられたある手紙を彼に渡した。その手紙を読み上げると両親は泣き崩れた。手紙に書かれた内容を完全に理解することは出来なかったが、両親が悲しんでいるのを見て自分も一緒に泣いていた。

次の日、彼は病院へ連れていかれた。

「どこも痛くないよ?」

彼の心の中にはそんな感情があった。

しかし、気が付くと彼の意識は遠くに落ちていった。

「・・・・」

 彼は目が覚めるといつもよりも視界が狭いことに気が付く。そして身を起こそうと右腕に力を入れようとしても入らない。

 狭い視界の中、彼は自分の右腕を見た。あるはずの右腕は無かった。鏡を見ると視界が狭い理由が分かった、自分の左目がそこには無かったのである。彼らの両親は自分の子供の変わり果てた姿を見て涙していた。時には怒りのような感情や、やるせない感情が病室を包み込む。

「しかし、彼らの病室には希望の囁きは響かなかった」

 響いていたのは残酷な現実と、失われた目と腕の悲鳴だけ。お世話をしてくれている医師も看護師も顔は笑っていたが心が何も無いように見えた。彼は悲しいという感情よりも、苦しいという感情よりも、若干誇らしい気持ちでいた。

何故なら手紙にはこう書かれていたからである。

「親愛なる君へ。君は今日で9歳の誕生日を無事迎えることが出来ましたね。とても素晴らしいことです。さて、君も知っての通り、人は生まれた時に何かを背負って生まれてきます。それは君がこの世に生まれてきた意味でもあります。そして君が生れてきた意味を私達が伝えます。あなたは困っている人を助けるために生まれてきたのです。そしてその困っているのは同じくらいの天使のような少女です。彼女はとても困っています。それを助けてあげることこそが君がこの世に生まれてきた意味です。それでは後日病院で会いましょう。あなたに幸運の星の導きが有ることを祈っています」

自分の犠牲で誰かを救えた。

彼はそう思った。

無くした目や腕の痛みよりも、彼は自分が誰かを救ったことに誇りを持っていた。



「・・・・建前上の昔話だよ」

青年は閉じていた目を開けるとそう言い放った。

「・・・・で?どういうことなの?」

 金髪の女性は煙草を咥えながらライフルに弾を込め、目の前にいる相棒に話しかけた。相棒は左目に眼帯をしていて、右腕は義手をはめている。

「つまり、本当は怖かったんだ」

「?全く意味がわからないわ・・・まあいいわ、相棒。あんたの腕、また使わせてもらうから」

 明けの明星が輝く中、反乱軍のトラックは進んでいく。

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