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詩と音楽:クリスティーナ・ロセッティ「クリスマス・キャロル」(1872)

【記事について】

・クリスマスが近いのでクリスマスをテーマにした詩を紹介します。それから、この詩を用いたクラシック音楽の音源についても紹介します。
・元の詩はパブリック・ドメインになっており、オンラインから無償で読むことができます。関心のある方のために、プロジェクト・グーテンベルクに掲載されている『詩集』(1906年版)のリンクを貼っておきます。
・見出し画像はエドワード・バーン=ジョーンズ(Sir Edward Coley Burne-Jones, 1833-1898)による油絵作品「降誕」(Nativity, 1888年)です。

【詩人について】

クリスティーナ・ロセッティ(Christina Georgina Rossetti,
1830-1894)

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・出身地はロンドン。両親はイタリア系であり、とりわけ父ガブリエーレはイタリアの名門ロセッティ家の人間であり、詩人であった。クリスティーナには年の近い姉が一人、兄が二人いた。この四人はみな芸術家として活躍することになる。
・クリスティーナは少女時代より詩作を始め、最初に私家版の詩集をまとめたのは17歳の頃である。家庭を持つことはなく、母と暮らしながら生涯を通して詩人として活動し続けた。また、兄ダンテが前ラファエロ派の画家だったこともあり、前ラファエロ派の芸術家たちとの交流もあった。例えば、クリスティーナは前ラファエロ派の機関紙に「エレン・アレン」(Ellen Alleyn)というペンネームで詩を投稿していたこともある。
・クリスティーナは母や姉とともに敬虔なイングランド国教徒として生きた詩人だった。彼女たちは1830年代に広まったオックスフォード運動(イングランド国教会の刷新運動で、典礼や伝統の価値を再評価し、教会の神聖性を復興しようとしたもの)に共鳴した世代でもあった。その意味で、今回紹介するようなロセッティの宗教詩は、(前ラファエロ派の宗教画のように)この運動と連動した当時の宗教文化の一部と考えることもできるかもしれない。
・上の肖像画は兄ダンテ・ガブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti, 1828-1882)が1866年に描いたもの。

【詩について】

◯「クリスマス・キャロル」(A Christmas Carol)
・アメリカのニューヨークに拠点を持つ月刊文芸雑誌『スクリブナーズ・マンスリー』の1872年1月号に掲載された一篇。
・詩の主題はイエスの降誕。冬の凍てつくような情景から始まり、幼子イエスの両義的な性格――天使もひれ伏すほど神聖な存在でありながら、今は慎ましい馬小屋で動物と母親に囲まれて安らぐあどけない赤ん坊である――の描写を経て、詩人による信仰の捧げもので締めくくられている。

【詩の翻訳】

クリスマス・キャロル

それは肌寒い冬至のこと、凍てつく風が唸り
土は鉄のように、水は石のように凍っていた。
雪が雪の上に降り、雪の上に積もっていった。
それは肌寒い冬至のこと、ずっと昔のことだ。

神様は天でも地でも支えきれるものではない。
彼の君臨する日には天も地も逃げ去るだろう。
あの肌寒い冬至には馬小屋で十分だったのだ、
全能なる神様、イエス・キリストにとっては。

ケルビムが日夜拝むほどの彼でも十分だった、
乳房を満たす乳と桶を満たす飼い葉があれば。
天使たちがひれ伏すほどの彼でも十分だった、
牡牛や驢馬や駱駝たちが敬ってくれるだけで。

彼のいる所には天使や大天使が集まっていて
空中にはケルビムとセラフィムが群れていた。
だが、彼の母親だけが、乙女の至福のうちで
愛する子にキスをして、礼拝を済ませたのだ。

彼に何を捧げようか、私のような貧しい者は。
もしも私が牧人なら、子羊を連れてくるのに。
もしも私が賢人なら、彼のお役に立てるのに――
いや、私にも捧げられる。この心を捧げよう。

【詩の原文】

A Christmas Carol

In the bleak mid-winter
 Frosty wind made moan,
Earth stood hard as iron,
 Water like a stone;
Snow had fallen, snow on snow,
 Snow on snow,
In the bleak mid-winter
 Long ago.

Our God, Heaven cannot hold Him
 Nor earth sustain;
Heaven and earth shall flee away
 When He comes to reign:
In the bleak mid-winter
 A stable-place sufficed
The Lord God Almighty
 Jesus Christ.

Enough for Him whom cherubim
 Worship night and day,
A breastful of milk
 And a mangerful of hay;
Enough for Him whom angels
 Fall down before,
The ox and ass and camel
 Which adore.

Angels and archangels
 May have gathered there,
Cherubim and seraphim
 Throng'd the air,
But only His mother
 In her maiden bliss
Worshipped her Beloved
 With a kiss.

What can I give Him,
 Poor as I am?
If I were a shepherd
 I would bring a lamb,
If I were a wise man
 I would do my part,--
Yet what I can I give Him,
 Give my heart.

【音楽の紹介】

・最後に、ロセッティの「クリスマス・キャロル」を用いた合唱曲を紹介する。私の探した範囲でのおすすめは、最初期に音楽をつけたホルストとダークによるものと、21世紀に登場したホイットールとヒグビーによるものだ。どれも美しく、またYouTubeから無償でアートトラックを聴くことができるので是非聴いてみてほしい(リンクは後述)。

グスタフ・ホルスト(Gustav Holst, 1874-1934)
・「それは肌寒い冬至のこと」(In the bleak mid-winter, 1905年)

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・CDタイトル:「伝統のクリスマス・キャロル集
・リリース情報:Coro(COR16043)、2006年。
・演奏者情報:ザ・シックスティーン、ハリー・クリストファーズ(指揮)。
・コメント:「惑星」組曲で有名なホルストによる合唱曲で、ロセッティの「クリスマス・キャロル」に音楽をつけた最初の例。この曲は1906年に発表された「イングランド讃美歌集」(The English Hymnal)の一曲として世に出た。聴いてみると、ゆったりとした歌いやすそうな讃美歌という感じの雰囲気があり、オーソドックスな仕上がりになっている。シクスティーンによる美しくリッチな調和を楽しめるおすすめの録音。
・YouTubeのアートトラックのリンクはこちら。バージョンは違うが、演奏は同じシクスティーンによるもの。

ハロルド・ダーク(Harold Darke, 1888-1976)
・「それは肌寒い冬至のこと」(In the bleak mid-winter, 1911年)

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・CD情報:「スウィングル・シンガーズ:包みを開けたら
・リリース情報:Signum Classics(SIGCD107)、2007年。
・演奏者情報:スウィングル・シンガーズ
・コメント:ホルストの6年後に描かれた一曲。今回の詩を用いた合唱曲の中では文字通り桁違いに録音多い定番の一曲。オルガンと合唱で演奏されることが多く、この一枚は無伴奏の小規模アカペラバージョン。少年合唱団のCDも多く、それもまたきれいなのだけれど、この手のキャロルは成熟した大人のアカペラでもグッとくる。ちなみにアカペラへの編曲は演奏した当人たちによるもの。
・YouTubeのアートトラックのリンクはこちら。ここに紹介したCDと同じ音源。

マシュー・ホイットール(Matthew Whittall, 1975-present)
・「クリスマスの闇夜に」(Christmas Hath a Darkness, 2007年)

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・CDタイトル:「今年の降誕節の月は
・リリース情報:Alba(NCD56)、2019年。
・演奏者情報:アウディーテ室内合唱団、ヤニ・シヴェ(指揮)ほか。
・コメント:4曲からなる合唱曲集で、ロセッティがクリスマスに寄せて書いた4つの詩がそれぞれの歌詞になっている。作曲したホイットールは、この合唱曲集について、暗く冷たい冬の夜の情景の中で救いを待ち望むようなロセッティの感覚を表現するように書いた曲集だと語っている。今回の「クリスマス・キャロル」は3曲目に置かれており、待ち望む夜の雰囲気を体現している。希望の訪れを感じさせる4曲目とセットになっていることが聴きとれるが、単体でも静謐で美しい一曲になっている。
・YouTubeのアートトラックのリンクはこちら。演奏者は違うが、こちらも素晴らしい演奏。

アラン・ヒグビー(Alan Higbee, ?-present)
・「それは肌寒い冬至のこと」(In the bleak mid-winter, 2003年)

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・CDタイトル:「見よ、この妙なる夜を」(Behold, This Heavenly Night)
・リリース情報:Clarion(CLCD-939)、2010年。
・演奏者情報:ヴォーカルエッセンス合唱団、フィリップ・ブルネル(指揮/オルガン)、マリリン・フォード(オーボエ)ほか。
・コメント:オーボエと合唱の組み合わせで書かれた一曲。ヴォーカルエッセンスとアメリカ作曲家フォーラムの協賛によるクリスマス・キャロル・コンテスト(2003年)で優勝した作品であるが、録音が世に出たのはこの2010年のCDが初めて。どうやらライブ録音のようだが、コンテストのときの記念コンサートなのか、CDの録音を兼ねた後年のコンサートなのかは不明。楽曲はのびのびと盛り上がる美しい一曲であり、ホルストと比べるとやはり21世紀の響きという感じがして面白い。演奏もライブなのに(あるいはライブだからこそ)素晴らしいものになっている。
・YouTubeのアートトラックのリンクはこちら。ここに紹介したCDと同じ音源。

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