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昼下がりの情事

19歳になる年の秋に運転免許を取った。
免許を取る前までは車に「乗せられる人」でしかなかったのが、それからは車に「乗せる人」にもなったということだ。

助手席に乗っていた頃は主に道路の外にある街の風景ばかりを気にしていた。
しかし運転席に乗るようになってからはもっぱら道路の中、例えば対向車の方を気にするようになった。
ファミリーカー、コンパクトカー、軽自動車、トラック。
いろんな車が走ってる。
いろんな色の車がある。
運転するようになってから初めて車そのものに関心を持つようになったかもしれない。

そんな中、一際印象に残っている車がある。
国道を走っていると運輸会社のとても大きなトラックを見かけることがままあるが、その中のひとつだ。
大きな会社に所属しているトラックは会社のマークや社名のロゴが入ったデザインをあしらっていることが多い。
だが、一方でそうではない野生のトラック(?)と見受けられる車はデザインも面白い場合がある。
その中の一台。
トラックのフロントの一番上。
業者に頼んで発注しないと作れなそうな丈夫な看板に「昼下がりの情事」と記してあるトラックがあった。

昼下がりの情事。

文字の背景は綺麗なライトグリーンのグラデーションにラメの装飾がしてある。
そんなきらびやかな看板がトラックの目線の一番高いところに掲げてある。
日活ロマンポルノでもなかなか聞かないし、おそらく日活ロマンポルノは今の世の中にはもうない。
あまりの潔さに初めてすれ違った時はセクシーだとか淫らだとかエロいとかふしだらだとかいった言葉も思い浮かばなかった。
そうか、昼下がりの情事か。
昼下がりの情事か?
少しの違和感を抱いたまま私たちはすれ違い、そして時速60kmの速さで遠ざかっていく。

それからもたびたび「昼下がりの情事」とは運転中にすれ違う機会があった。
だいたいは国道だったが時々駅の近くの農道でもすれ違った。
その度に「あ、情事だ」と思うのだがトラックの所属まで確認することができないままにまたすれ違って離れていく。

昼下がりの情事についてわかっているのはおそらく私の生活圏と情事の仕事の縄張りがやや重なっているということ、情事はいつもわりかし綺麗な身なりをしているということぐらいである。
まめに洗車をしてもらえるぐらいにはいい待遇を受けているのかもしれない。

いったいなぜ「昼下がりの情事」なのだろう。
スケベ系キャッチコピーのトラックはないこともないが今は滅多に見かけなくなった。
強いて言えば何年か前にダッシュボードに「昼はトラックに乗り、夜は(女性の名前)に乗るぜ!」みたいなことが書かれた看板らしきものが掲げられているトラックにも遭遇したことがある。
だがあれはいつでも取り外せるししまっておけるのでまだライトなスケベトラックだった。

この記事を書くにあたってこの数週間運転するたびに対向車のトラックに何が書いてあるのか観察してみたが、少なくとも私の生活・通勤圏内には情事のほかにスケベ系トラックは見当たらない。
情事はそんなに年寄りのトラックでもなさそうなのがまた不思議である。
これがちょっとオンボロのトラックなら「ああ、前時代の遺産かあ」とも考えられるのだが情事は看板も車体もわりかし綺麗だ。
取り返しのつかない場所、取り外せない装備。
そこにあのキラーワードを掲げて走り、働く覚悟に関しては情事の右に出るものはなかなかいないだろう。

昼下がりの情事に出会ってからというもの、私は運送トラックとすれ違うのが楽しみになってしまった。
どんな装飾で私をわくわくさせてくれるのか気になって仕方なくなったからである。
今のところ優勝は「昼下がりの情事」だが新たなキラートラックが現れるのも心待ちにしているところだ。




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