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Y中の倖田來未

私は中学生の頃、弱小吹奏楽部に所属していた。
楽器はアルトサックスの担当で、3年生になってからは時々ソプラノサックスも吹いた。
私が未熟なせいで先輩に迷惑をかけまくったので、今でも部活の先輩には頭が上がらないし先輩たちは本気で私のことが嫌いだと思う。
ただ、自分なりに活動を楽しんで充実した部活動ライフを送っていた。

2年次終わり、当時の顧問が病気で退職した。
3年生になって赴任してきたのはまだ教員採用試験に本合格していない男性講師のH先生だった。
先生は若く、年が近かったのもあってすぐに部員たちと打ち解けた。
明るくて時に熱い先生は親しみやすくて、私も先生のことを嫌いではなかった。

その頃の私は2年生のときまで一緒に演奏していた先輩が引退し、私はアルトサックスの1stパートを任されていた。
年功序列式なので別に上手かったわけではなかったのだが、ソロも多いパートだ。
メロディパートを吹くのが好きだった私はそれをちょっとだけ自慢にしていた。

吹奏楽部はコンクールに出場する以外にも、定期演奏会などの活動がある。
その時はお客さんが聞きやすいように演歌やJ-POPなどの歌モノの曲を取り入れたりするのだが、そういう時にもしばしばソロを任された。

特に印象に残っているのは「津軽海峡・冬景色」の譜面だ。
私たちが主に演奏していたのはミュージック・エイトという会社が出している「演歌メドレーVol.2」という楽譜である。

H先生はしばしば私に「倖田來未のように色気を出してソロを吹け!」と指導していた。
その頃の倖田來未といえば12週連続シングルリリースを敢行し「エロかっこいい」存在として世の中を席巻していた全盛期だったので、H先生の言いたいことはよくわかった。
私も私で思春期でそれなりにエロいことは好きだったのでその指示に全力で乗っかって思い切り気持ちよくソロを吹いていた。

演歌メドレーVol.2の中に入っている津軽海峡・冬景色もご多分に漏れずあるとサックスのソロが合計6小節ほどある。
あれはとある演奏会に向けた合奏練習の時だったろうか。

「よし、マオロン。今回のソロでもお前はY中の倖田來未だ。思いっきりいけ!」
「はい、先生!!全力でエロかっこよく吹きます!!」

津軽海峡・冬景色の終盤にある2小節。
楽器を全力で唸らせて、全身全霊のセクシーアルトサックスプレイヤーになったつもりで演奏した。

H先生が指揮棒を止めた。
みんなが私を見ている。
どうしたんだろう。
いつも通りに吹いたよ?

「今のはだめだ」
「どうしてですか先生」
「エロすぎる」
「エロすぎる?」
「セクシーを通り越して淫らだからもう少し抑えなさい」

淫ら。
セクシーも過ぎると淫らになるのか。
後輩や他のパートの同級生も「今のはやりすぎだって〜」と笑っている。

今ならわかる。
程よい色気は洒落て聞こえるが過ぎると下品になってしまうのだ。
ただ、当時はセクシーは盛れば盛るほどいいものだと思っていたのでなんとなく「とりあえず少し控えめにしなくちゃいけないんだな」と無理やり自分を納得させた。

そういうわけで私は津軽海峡・冬景色を吹く時も青春アミーゴを吹く時も「Y中の倖田來未」としてソロを吹きまくった。
さすがにコンクールのソロは色気を抑えたが歌モノの楽譜のソロはだいたい倖田來未になればいい感じにセクシーになったし私もノリノリになって吹けたので楽しかった。

あれから10数年。
H先生は今は無事教員採用試験に合格し、赴任先の学校の吹奏楽部を何度もコンクールで金賞に導いているらしい。
倖田來未も結婚して子どもが産まれてすっかりお母さんになった。
今、H先生はアルトサックスのソロを吹く学生になんと言って指導しているのだろう。
価値観も倫理観も変わった2020年代のセクシーシンボルを用意しているのだろうか。
どこかでばったり会うことがあったらぜひ聞いてみたいものである。



https://note.com/mawon_loncy/n/n74984150e2de



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