仮面の力(6) 4 仮面をもたない人びと

4 仮面を持たない人びと

 ところで、仮面を必要としなかった人びとも存在していた。
 先史時代、エジプトのピラミッドやイギリスのストーンヘンジより古い幾つかの巨石遺跡を持った、地中海に浮かぶマルタ島に住んでいたマルタ人だ。(*15) 石塚正英によると、マルタ人は、大地としての母、女を崇拝していたという。彼らの作った土偶の母神像は、ムチムチとした豊かな女性の肉体を表現している。頭の部分を別に作り、細い棒をとりつけて、像の首の部分に開いた穴にさし、完成させていた。つまり、顔は身体に比べてあまり大切と思っていなかったようなのだ。
 マルタ島に今も残る神殿は、女性の姿形、もしくは女性性器の形をしている。神殿地下を子宮に見立て、壁は赤に塗られている。赤い色は特に呪力を持っていると信じられている。この色は恐怖を起こさせると同時に、その輝きによって見る者の心を惹きつけまた魅了する。赤は生命の色である。そしてその更新に欠かせない意味を持っている。マルタ人は、その中で暮らすことで、つねに神との一体感を感じていた。マルタ人には仮面が必要なかった。彼ら自身が神だったからだ。仮面をかぶり、神に変身しなくても、母の子宮の中にいる胎児のように守られていた。
 ということは、仮面が生まれたのは、人間が幾分とも身体と精神の乖離、神と人との乖離を意識するようになった時、その乖離を補正するために発明されたともいえる。仮面は、みずからが素顔のままで神に一致し、神になりきることができない程度に文明を知ってしまった人びとが、つくり出したものなのだ。
 もしくは、マルタ人のような母系社会が父系社会になった時、仮面は生まれたのかもしれない。というのも、佐藤真の紹介するJ・Wナンレーがいうには、狩りは男のものだから、仮面は男のもので、そして太鼓も男のものだというのだ。(*16) 彼は、獲物と同じ姿で狩りをし、獲物と同じ姿でその霊と語り合い、倒した獲物の皮を剥いで太鼓にし、それを打ち鳴らして動物の霊に呼びかけることが、一貫して男のものだととらえている。もちろん、女の人がお面をかぶる実例のあることも認めてはいる。しかし、後から紹介する、現在も仮面が精霊の姿で生活のあらゆる道具に、そしてあらゆる場所に表現されている地域に住む人びとの習慣にも、仮面の世話は男がするものであることになっているし、先祖霊の仮面の登場する秘密結社で、成人になる儀式に参加するのは、男だけだ。
 男性に比べて力の弱い女性は、狩りに向かないというのは理解できる。獲物がとれるとれないは、切実な死活問題だ。しかしだからといって、その集落の中心儀式に加われないということには、女のわたしは理不尽な気持になる。男も女も女性から生まれてくるのに。月に一回の月経が不潔で汚らわしく聖なるものに関わることを許さないのか。仮面が、恐怖と不安をつくり出して、それをコントロールできることを女に示そうとしたのではないか。女は力の弱い存在で、完全な一人前でもなく無力な生き物なんだと思い込ませることで、女を支配してきたのではないか、と根拠もないのに想像してしまう。多少でも、女の子なんだから、と言われて育ってきた者の素直でない想像だ。しかし、それはまた別の話である。




*15 石塚正英  「ヴァーチャルな素顔とリアルな仮面ーマルタ島母神像にヒ        ントを得て」『仮面−そのパワーとメッセージ』
        里山出版 2002年

*16 佐藤真   「総論−お面の考古学」『仮面−そのパワーとメッセージ』
        里山出版 2002年

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