mayjune

どこにでもいそうなライター。「書く」ことを食い扶持にいろいろとやって20年ほど。小難し…

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どこにでもいそうなライター。「書く」ことを食い扶持にいろいろとやって20年ほど。小難しいことを考えるのは好きですが、それをそのまま文章にするのは嫌いです。

最近の記事

第8回・ことばは生きている

ちょっとしたきっかけがあり、尾原和啓『モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書』(幻冬舎)を読んだ。出版は2017年9月。5年ほど前の本だ。 要約や感想はここでは割愛するが(著者の経歴や実績からして良書と言われるものであることは間違いない)、5年前の世界と今の世界の差がこんなにあるのかというのが正直なところだ。 たとえば 、今やUber Eatsの利用者はとても多いし、知名度も高い。だが、この本ではUber社は運転手と利用者とのマッチングを行う会社として紹介され

    • 第7回・意思疎通という武器

      意思疎通なんてライターとはそんなに関係ないことを急にどうして、と思われるかもしれないが、おおいに関係がある、ということを今回は扱いたい。 唐突な話題のように見えるかもしれないが、実は前回の記事へのレスポンスがきっかけだ。 幸いなことに、前回の校正校閲にかんする記事に対して個人的にコメントをいただいた。というより、そういう場を設けていただいた。 勝手だが、非ライター業のAさん、ライター業務経歴のあるBさんとしよう。 その場でのコメントは、以下のようなものであった。 Aさん「

      • 第6回・「書く」以外のライターの仕事

        前回も偶然、というようなことを書いた気がするが、今回もべつのことで偶然が重なった。今回は校正校閲の話だ。 なにが重なったかというと、ひとつは去年に校正校閲をさせていただいた書籍が、すでに何万部か売れていたのは知っていたが、さらに売れたこと。もうひとつは、長めのウェブの記事の校正校閲をさせていただいたこと。最後に、クラウドソーシングで仕事を受けた方に「こういう業務をしているのだけれど、これは校正業務の履歴になるのか」と訊かれたこと、だ。 世間的に通じやすいので、よくライター歴

        • 第5回・「ライター」という職業

          偶然が重なり、ここしばらく、いろいろな方から求人関係の相談をいただいた。私に相談してくるからには、ライター関連の求人ということになる。 以前にも書いたが、ライターという職業は非常にハードルが低くなった。 求人サイトで「ライター」と検索すれば、山のように案件が出てくる。もちろん、玉石混淆ではあるのだが。 ライター職を希望する方々からの質問は、「いい求人サイト知りませんか」「いい案件ないですか」「この求人が気になってるんですけどどう思いますか」などさまざまだが、「ライターかつ正

        第8回・ことばは生きている

          第4回・その文章、届いていますか?

          なんだかんだ抽象的なことばかり書いてきた気がするので、少し実践的なことを。 (といっても、気まぐれ書き散らしnoteであることに変わりはないのだが) 私が初めて「書く」ことで給料を得たのは、コピーライター業だった。 といっても会社の広報部門みたいなもので、自社広告を出すという形だったので、ただの社員であったといえばそうだが。 広告に力を入れている会社だったので、重要な部署ではあったし、新人からベテランまで同じ土俵で勝負するという社風もあり、配属初日からラフを書いていた。

          第4回・その文章、届いていますか?

          第3回:背伸びなんかしなくていい

          日常で、あるいは創作物で、「そんなことばは私の辞書にはない」と都合のいいように使われるフレーズがあるが、実際に「自分の辞書」というものは、ある。 (なお、この記事を投稿するために画像をお借りしようと「辞書」と検索したところ、このフレーズを使った画像があった。) 生き字引、と言われるひとであっても、なんでもかんでも知っているわけではない。 だから、「自分の辞書」にないことばに出逢うことはよくある。 私の場合は、まだ職業のことなんて考えていなかったときに、読書で見つけた知らない

          第3回:背伸びなんかしなくていい

          第2回:その表現は体験からしか生まれない

          本を読んでいて、すごい表現(というとありきたりだけれども)に出逢うことは少なくない。 表現が絶妙で、それがそのまま実体験のように思える、あるいは、そのひとの感情がそのまま伝わってくる、そんな感覚だ。表現で読者の感情を揺さぶる作家さん(時代は問わない)は挙げればキリがない。 ただ、私が最初に衝撃を受けた表現は、そういった類のものではなかった。 学級通信みたいなものに、同級生の作文が掲載されていた。小学生のころだった、持久走マラソンの話だった。 彼女の文章に、私はとんでもない衝

          第2回:その表現は体験からしか生まれない

          第1回:「書く」ことは扉を開くこと

          「書く」ことは、だれにでもできる。 資格なんて必要ないし、なんなら幼稚園児や保育園児も書けるし、小学生になれば宿題で練習帳だの作文だのやってこいと言われる。私は、国語の授業なんか大嫌いだった。「書く」ことは好きだけれど、それに評価を下されることが嫌だった。 けれども、「書く」ことで生きている今になって振り返ってみれば、それは自分がひとつ前進する行為だとも思う。 「読み書きそろばん」ということばが流行った時代もあるくらいなのだから、「読み書き」は重要ななにかを持っている、少な

          第1回:「書く」ことは扉を開くこと

          noteを作ることにしました

          noteを作ることにしました。 ライターとして書く予定です。 一年の計はなんとやらで元旦に作りたかったのですが納期に追われて今になりました。 記事はすべて個人の意見、見解であり、寄稿先および校閲校正先などにかんするものではありません。

          noteを作ることにしました