「浮気はバレなければオッケー」論に一石を投ずる。
ジョナサンにいた。
休みの日なのに、勉強をするあたし。
えらい。
わたしは慶應卒とは思えないくらいITリテラシーが低いので、
(と思いながら入社したら会社の人間のITリテラシーがわたし以下で驚いた)
MOSを受けるのだ。
今週。
落ちたら恥ずいので勉強する。
隣には大学生?っぽい女の子2人組。
彼女らはまあよくも飽きず、結局2時間くらい恋バナをしていた。
過去の男の話、今の気になる人の話、結局「うちらって彼氏いなくても楽しいわ〜」というありがちな結論に辿り着く。うん、君たちは全然彼氏を欲しがっているね。
その中の1トピック。
「〇〇はさ、浮気って許せる?」
「ん〜、浮気はバレなきゃ良いかな。
バレないように賢くやるなら、まだオッケー。」
はいはい
出ました
「浮気はバレなきゃOK説」
わたしもね、長いことこの派閥でした。
でも、この間幼馴染に言われて気付きました。
「浮気はバレなきゃオッケーって言ってる奴いるけどさ、
それってつまりバレたらアウトなわけで、
『浮気を許せるか許せないか』っていう議論から、論点ズレてね?」
なるほど。
彼の言い分はこうだ。
バレない浮気は、「私」が認識していないということ。
つまり存在していないのと同義。
いや、正確には同義ではないのだけど、
「私」が知らないものに対して、「それを許せるか許せないか」っていう議論のように語っているけど、
それってもはや、その議論の土俵にすら立ってなくね?
確かに。
こちらは、「浮気」を認識した上で、それを1回なら許すのか、どこまでだったら許すのか、とかそういう話をしているのだ。
それに対して、「わたしはバレなきゃオッケーかなぁ〜」と言ってしまうのは、
一見「心が広いわたし」のように見えるけれど、実質は浮気を許していないのだ。
「浮気はバレなきゃオッケー派」の人は、
心が広そうで自立してそうでなんだかいろんな経験を踏んでいるように見せかけているだけで、結局「浮気はダメ」派に所属するのだ。
隣の女子たちは結論の無い恋バナを続け、わたしはドリンクバーでコーヒーを追加した。
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