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休業は「負け」じゃない〜LURRA°(ルーラ)宮下拓己さんに聞く

今週もまた、話題沸騰の人気レストランの長期休業が発表されていました。
規模も味わいも値段も店内インテリアから器に至るまで、
何もかもが熱い注目を浴び、開店早々取材したのがまだ2年前です。
飲食業界に詳しい知人や友人は言います。

今からなんだよね。これから増えていくんだ、こういうの

そんな……。そうなの?!
こちらまでドキドキしてきます。

ただその一方、この状況下で満席という店の話もけっこう聞こえてきます。
聞いた話を総合すると、
元々すごい予約困難店だったとか地元密着型の人気店などは、どうやらお客様も戻ってきて持ち堪えているみたい。
その逆に、苦しんでいるのは
1)海外から日本初進出の話題店
2)超超超超イノベーティブ系
3)オープンして間もない=顧客が定着する前

の店あたりなのかなぁと感じています。

営業自粛期間の前後に、何名かのシェフに貴重なお時間をいただき、インタビューをさせていただきました。
休業を決め、その期間は食材やシステムの研究に勤しんだ「maruta」の石松シェフ
店舗が入る商業施設の決断に準じて、休業せざるを得なかった「chompoo」の森枝シェフ
長年愛される人気店を可能な限り営業縮少しつつ、休むことを選ばなかった「傳」の料理長長谷川さん
みなさん、さまざまな思いや決心、覚悟の時間を経て、現在、
コロナ前に比べ100%ではないものの、元気に厨房で活躍されています。

ところで、
飲食店が営業を続けていくためにとるさまざまな手法の中でもう一つ、コロナ中に初めて聞いて「なるほど」と思った手段がありました。

食事チケットの発行

というものです。これ、海外では割とよくあるんだそうで、
要するに「先払い」システムのことです。
知ったきっかけは、大好きなレストランの一つ、京都「LURRA°(ルーラ)」がこれに着手したから。
4月初旬に「もうちょっとだけ先のお食事券」と銘打って、販売をスタートしていました。
2019年7月9日に開業したこの店は、先ほどの「苦境にあるかもな店の条件」として私的に挙げた、2「超超超超イノベーティブ系」、3「オープンして間もない」、2つの条件が当てはまっています(余計なお世話を、ごめんなさい!)。
オーナーの一人である宮下拓己さんが、この食事券を販売するに至った経緯をnoteで丁寧に説明されていました

食事券は1枚50,000円(!)
2名分のコース仕立ての食事にドリンクペアリング(アルコール・ノンアルコール、どちらでもOK)がついているとはいえ、決して安くはありません。
行き慣れた京都(学生時代は住んでたし)でありながら、海外にいるような異次元感覚を味わわせてくれるこの店を応援したくて、
コロナで閉じ込められて外食に飢えていた私は思わずチケットを購入。
先週、3ヶ月半ぶりに出張で京都を訪れたのを機に
このチケットを早速使わせていただきました。

そして、29歳で共同オーナーの一人を務める宮下拓己さんに、
この食事チケットがどういう結果、どういう効果、どういう未来計画を描き出しているかをインタビューさせてもらえないだろうかとお願いし、
忙しい合間を縫って、根掘り葉掘りの取材にご協力をいただいたんです。

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山口 宮下さん、お久しぶりです。51日間の完全休業を経ての営業再開、おめでとうございます。その後、いかがですか?

宮下拓己さん(以下、宮下) お久しぶりです。昨年7月にオープンして1年経たないうちにクローズとなり、ようやくまた動き始めました。なんだかオープンを2回経験したような気がしています。

山口 ですよね……。

「LURRA°」は、国内外の話題のレストランで修業を重ねた宮下さんと、宮下さんが「この人は!」と見込んでタッグを組んだ経験豊富なジェイカブ・キア シェフ、ガストロノミックな視点からのバーテンディング経験に長けたミクソロジストの堺部雄介さんが3人で立ち上げたカウンター12席のみのレストラン。京都の町屋をリノベーションした建物は、厨房で働くスタッフをカウンターの客が眺める形で料理が進行する。ガスコンロはなく、窯と薪火による調理をメインとし、スタッフが京都・大原で仕入れたり摘んだり私的た食材をこれまでになかったような表現で料理に仕上げて客に提供する。

(LURRA°のコースから。「な、なんだこれは!?」な料理が続く。が、難解そうに見えてとても美味しいんです。「イノベーティブなのに美味」って、「物理学者なのに芸人並みに面白い」くらいのことだとご想像ください)

山口 宮下さん、ちょっと思い切って聞いちゃいます。「食事券」て、私の周りでは否定的な見方をしている飲食業界関係者もたくさんいました。「再開後にチケット利用客が殺到したら利益が薄くなるのでは?」とか、「信頼の先行販売だ」とか、そういうこと、言われませんでしたか?

宮下 言われました! でも、気にしてません。誰かにプレゼントする食事券はそれほど珍しいものではないんですが、飲食店がコロナ禍を乗り切るための苦肉の策というふうに捉える方もいて。結果から言えば、300枚を販売して早々にSOLD OUTになりました。1500万円の現金を、休業していた期間中にいただいたことになります。

山口 1500万!

宮下 それだけじゃないです。僕たちはふだんから「数ヶ月に一度は1週間程度の休みを取り、インプットに充てようよ」ということにしています。まだそこまで事態が深刻でなかった2月にちょうど休みを入れたので、スリランカを旅したんです。その時、中国経由の便が運休になったり、人の話を聞いたりするうちに“気配”を感じました。このままだとヤバいな、と。
そこで帰国後、3月上旬には早々に銀行への追加融資を相談にいき、お食事券の計画を練り始め、4月の休業突入時には、とりあえず資金の段取りはついていたんです。あれは、後から考えても良い判断だったと思っています。

山口 え、でも融資やチケットは、いつかは返さなくてはならないお金ですよね? その段階でいわゆる借金を作るのって怖くなかったんですか?

宮下 うーん。まったく不安がなかったわけではないんですが、京都を訪れる観光客が激減していましたし、ここで何か手を打っておかないと、再開した時に何もできないんじゃないかと考えました。お食事券は300枚が売り切れましたが、1枚2名分なので600名がご来店くださることになります。
10,000円のチケットならいざ知らず、LURRA°のは50,000円。少しお得な設定にはしているんですが、とにかくこのくらいどと「絶対に使わないと!」とお客様は思ってくれるのではないかと。山口さんだって、すぐに使ってくれたじゃないですか。笑

山口 解除後、速攻でした。笑 なるほど、確かに。使用期限は2021年末まででしたが、外食に飢えていましたし、すぐに使おうと思いましたね。

宮下 京都にインバウンドの観光客が戻ってくるのはまだまだ先でしょうが、とりあえずあのお食事券によって、お代はいただき済みではありますが、早い段階で近隣県からたくさんのチケットホルダーが訪れてくれる。今、料理や店の雰囲気をSNSで投稿したり友達に話してくれるっていうのは、本当にありがたいことなんです。

山口 なるほど……。え、なんか、悲壮感のカケラもないように見えます!

宮下 だって、僕たちのせいじゃないんですもん、コロナ。僕、高校時代に料理人になろうと思って辻調理師専門学校のフランス校に進学したんですが、その後いろんなレストランで働くうちにオーナーになりたいと考えるようになったんです。同じクオリティーの味を正確に作り続けることは不得手ですが、諦めや決断を下すのは早い。自分よりもうんとすごい人を若造ながら説得できる能力もある、と言い聞かせて。
なので、店のオープンにあたって、人の胸を打つ料理を作るのはJ(シェフのジェイカブ・キア)や雄介(ミクソロジストの堺部雄介)に任せ、開業前後の金策や事業計画作り、世界観の表現に邁進してきました。

山口 宮下さん、「料理界のジョン・レノン」ぽく見えてたんですが、なんかイメージ変わりました。

宮下 ロマンティストなところもあるとは思いますよ、こんな店を作るくらいですから。でも、どうすれば銀行にこの店のコンセプトを応援したいと思っていただけるか、どうすれば一度来てくれたお客様が「一回行けばもう良いや」と思わずにまた来てくださるか、そんなことばっかり考えてきました。
LURRA°のオープンは当初の予定から半年以上遅れたんですが、その間、予算が尽きて工事がストップしかけたことも一度や二度ではなかったんです。

山口 (見た目と違って苦労されてるんだ…………)銀行からお金を借りたり融資を募ったりって、どこで勉強したんですか?

宮下 「事業計画書の書き方」とか「融資の受け方」みたいな本を読みました。金策が尽きそうな時って絶望的な気持ちになりますが、「でも待てよ、僕たちには今お金はないけど、世の中に存在するお金の量は変わらなくて、誰かが持っているわけか。それを動かせば、僕たちの目の前にもお金が回ってくるんだよな」と気づき、何度も事業計画を見直し、失敗しないためにはどうすれば良いかを考えて計画書をリバイスしていきました。
そこにコロナによる休業という予測はなかったんですが、開業前にものすごく苦労して長期にわたる計画を綿密に立てたことで、少々のダメージでは倒れないぞという体質が身についたのではないかと思います。実際、店が潰れたら銀行もチケットを買ったお客様も大損になっちゃうので、温かく励ましていただいています。感謝です。

宮下さんは「LURRA°」の事業計画書も、包み隠さず全部見せてくれました。ここでは、どのタイミングで価格を上げて、いつ次の計画をスタートさせるかなどはもちろんのこと、今後の受賞計画や客層のターゲットイメージまで、事細かに説明されています。客のターゲット項目の一つ「20〜50代の雑誌関係者、編集者」には、私もまんまとハマっていました。

(食事の翌朝、クールなコーヒースタンド「STYLE COFFEE」で取材させていただきました。洗った後の濡れ髪のままボーダーシャツで登場した宮下さん。少女漫画に出てくる“秀才くん”キャラを彷彿させてくれます)

山口 LURRA°って、レストランだと思っていたけど、思い描いていらしたのはブランドなんですね。この先、カフェを営業したり物販を始めたりバーがスタートしたり、ということになっています。

宮下 そうなんです。料理を通じて出会った僕たちですし最初に表現すべき手法はもちろんレストランだったんですが、これをベースにして、LURRA°の世界観をきちんと育て、いろんな人たちに伝えていけたらというのが、そもそもこのプロジェクトの存在理由です。正直なことを言えば、「美味しい料理」だけを目指していては、これだけライフスタイルや働き方、価値観が多様化している現代にマッチする店は作れないと思っています。「美味しい」のその周りにある世界観やストーリーが、どれだけ必然性に満ちていて、魅力があるか。そんな店に、みんな行きたいんじゃないかな。

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世間では「ニューノーマル」という言葉をよく聞くようになりましたが
そんなこと言われるよりうんと前から始まっちゃってるよ、という人たちが
飲食の世界ではたくましく活躍しているように思います。

令和の世だというのにバブル時代の名残なのか、
点数や星、予約の困難さ、セレブな人たちに人気だとか、使用される食材の希少性で判断されることも多い飲食店。
そんな中、料理を取り巻く世界観までをトータルで見せたいと意気込むLURRA°の皆さんの思いは、なんというか、新鮮です。

年配のお客さんからはたまに

キミ、若いのに素敵な店で働けてよかったねぇ

なんてことを言われるという、童顔オーナー、宮下さん。
そんな宮下さんから、
今後のレストランビジネスの可能性は、ブランドクリエイト力にかかっているんじゃないかと教えられた貴重な取材でした。

#レストラン #休業 #ブランディング




フードトレンドのエディター・ディレクター。 「美味しいもの」の裏や周りにくっついているストーリーや“事情”を読み解き、お伝えしたいと思っています。