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【短編小説】さよなら、ダニー
午後八時二十三分。窓の外は暗くなり、遠くに集合した街の明かりが見える。
私は、茶色くなった紙を慎重に開き、そこに書かれた文字を震える指でなぞった。この資料だけは、紙のままで残っていた。
ごんごんごん、と、乱暴なノックの音が聞こえた。私は一つ大きな息を吐いて、よっこいしょと立ち上がった。
「はいはい、今参りますよ。ごめんなさいね、もう目も腰も膝も悪くって……」
そう言いつつ、玄関の大袈裟なドアを開け
【短編小説】愛しのサム
「……サム、玄関の鍵を開けて」
音声を確認。スキャンします。……靴紐が解けています。
「ほんとだ。そういや昨日会社で靴紐踏んで、こけたんだよ。おかげで赤っ恥だ。……はい、これでいいだろ? 玄関の鍵を開けて」
スキャンします。……靴紐、確認。財布を忘れています。
「はぁ……携帯持つと財布忘れるんだよな……あれ、俺机の上に財布置かなかったっけ。鞄にも無い。サム、俺の財布どこ?」
あなたの財布
【短編小説】ブロークン・ストロベリー
何が『愛』だ。
バキバキに割れたスマホを、もう一度壁に向かってぶん投げる。どん、と鈍い音がして、ガラス片が飛び散った。次々に流れてくる涙と鼻水をそのまま垂れ流して、何もかもをぼんやりさせるためにストロングゼロを飲む。空になった缶を、床に投げ捨てる。もう既に、酒とモンスターの空き缶が10本転がっている。
ぴんぽん、と間抜けにインターホンが鳴った。なんなんだよもう。ドア越しに、はい、と答えると、ヤマト
短編小説:夢は泡沫、消えるまで
落選作。「美容室」をテーマにした短編小説賞に応募していたやつです。
「あのー……すみません……」
控えめに肩を叩いてみるけど、起きない。さっぱり起きない。
「何、また寝たの?」
僕より一年先輩の翔さんが、小さい声で尋ねてくる。僕は無言で頷いた。
新人の最初の仕事は、シャンプーだ。毎日毎日、シャンプー台の前で、ひたすら髪をシャンプーし続ける。それが新人の仕事。……とは言っても、だ。
「もうこ
短編小説:空が見えたら、それでいい
うわ~、三年前の小説だ。青いな~。これも「小説家になろう」のサイトから移動してきました。
潰れた煙草の空き箱と、折れたピック二つ。ところどころささくれた六畳半。馬鹿でかいアンプと五万のエレキギターは、この部屋にも、俺にも似合わない。
上京して五年。腐る、とはこのことだ。俺の人生設計では、もう既に東京ドームを満員にしているはずだった。一緒にステージにいるはずだったバンドメンバーは徐々に減り、最終
猿でも分かる白旗の振り方
嫉妬は「他の人と同等の物を得たい」という感情、妬みは「持っている物を奪いたい」という感情であると、何かの本で読んだことがある。いや、インターネットだっただろうか。もう忘れてしまった。
では、「今持っている物をすぐにでも手放したい」という感情には一体何という名前が付いているのだろうか。
「犯人に告ぐ! 今すぐ銃を捨て、人質を解放しろ!」
鳴り響くサイレン。目を容赦なく刺しにかかる赤いランプ。
「……
短編小説:さよなら、楽園
「小説家になろう」から移動させてきた、青すぎる短編小説。「小説家になろう」では「楽園を出る時」っていうタイトルで出してたけど、メモに残ってたタイトルの方が青さが分かりやすいので改題。
いつも通り。何もかも、いつも通り。チャイムと同時に教室を早歩きで飛び出して、駆け下りる西階段。東校舎の一階の、一番端。学校一『移動がめんどくさい教室』が、放課後の私の戦場。参上、とばかりに勢いよくドアを開ける。
「
短編小説:さよならがいえない
「小説家になろう」のサイトから引っ張り出してきたやつ。約7000文字くらい。イケオジが書きたいというそれだけでプロットも無しに書き上げたのが思い出。
同窓会の招待LINEが来たのは、私が二十歳になったその日のことだった。まるで私が二十歳になるのを待っていたかのように、それはやって来た。
九月十二日。私は二十歳になった。私はその日を一人で迎えた。雨の降る、肌寒い日だった。
馬鹿みたいに派手