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救急室頻回受診者にもそれなりの理由はある 『何もすっことなか〜』(何もすることがない)

                執筆:雨田立憲先生

自転車乗車中に転倒して前額部に出血を伴う怪我があるとのことで70代男性(Kさん)の救急受け入れ要請がかかりました。ホットライン記録を確認した研修医のA君が、当院かかりつけとのことでカルテを素早く確認して
研修医「Kさんはアルコール依存症の常連さんですね! また飲酒ですかね? いや、それともけいれん歴もあるのでそれですかね?」
指導医は過去をよく知っており研修医に「あと10分くらいで救急車が着くから、カルテをよく確認してみてみなさい……」
研修医「う〜ん……、救急搬送頻度が減って肝機能も改善してますね、飲酒やめたんですかね」
指導医「そろそろ救急車も着くね。先入観にとらわれると判断に影響するから、一から診察・判断してみようか!」

◆Kさんの経歴

Kさんは、元々は親分肌の鳶職で仕事も熱心にしており後輩の面倒見もよかったとのこと。50歳代に仕事場での事故で頭に大怪我を負ってしまい、脳機能が一部低下し、その怪我の後遺症で短期記憶障害やてんかんを起こすようになりました。元々きちっとした生活をしていましたが、事故後、鳶の仕事ができなくなり生活保護の受給開始となりました。外傷後に内向的性格になり飲酒量が増え、ほぼ飲酒しながら生活する日々からアルコール依存状態となり、薬も飲んだり飲まなかったりの状態のため、痙攣等を起こしたり倒れているところを発見されて救急要請を頻回にされている状態でした。短期記憶障害もあり、せん妄のリスクも高く他病院ではなかなか引き受けてもらえないことが多く、当院へ搬送されてくる常連さんのような患者さんでした。主治医や訪問看護師のアドバイスは聞き入れず、時には訪問看護師を拒否することも多々ありました。

今までは痙攣が落ち着きある程度意識状態がよくなり、怪我の処置が終われば、入院を勧めても本人の入院拒否が強く帰宅としていた状態でした。このような状態の中、約1年半前に痙攣重積状態で搬送された際に入院扱いとし、入院中に外来主治医、精神科医師、外来担当看護師、訪問看護師、ケアマネージャー、市の生活保護担当者と連携し、Kさんに関してのカンファレンスを行いました。アドバイスは聞かなかったようにみえていましたが、お酒が抜けた状態では主治医・外来担当看護師のことはある程度信頼しているようでした。自分の認知機能の低下等に関しても、ある程度理解していることが分かりました(救急室では飲酒状態ではっきりしてないことが多かったのですが……)。本人の飲酒に関しての認識は『何もすっことなかから(何もすることないから)』時間潰しに焼酎を飲んでいるとのことでした。することをみつけるために勧めたデイサービス等は拒否気味でしたので強制はせず、とにかく訪問看護師・ヘルパーの受け入れをお願いしました。定期受診・薬はカレンダーに貼り付けること・飲酒は否定せず飲んだ量を必ず記載することを本人と確認。退院後、受診日は必ず守り、内服をしっかり行い、禁酒(減酒)の強制はしなかったが飲酒量の記載の数字も小さくなりました。それとともに肝機能も徐々に改善し、一時は4桁近い数字だったものが2桁に落ち着いてきました。何もすることがないに対しては徐々にデイサービスを受けるようになってきて、少しずつ馴染んですることをみつけ、徐々に短期記憶障害もある程度改善しつつある状態でした。恐らくアルコールの影響もあり本来以上に脳機能の低下がみられたと思われる状況との判断になりました。

◆今回は

診察後、研修医からは救急隊の情報や本人の状態からは自転車乗車中段差で転倒で間違いなさそうでけいれんは起こしてないと判断したとの報告が指導医にありました。指導医の方も同じ判断で擦過傷の処置後に帰宅となりました。帰りがけに本人は「焼酎はやめれんけど晩酌くらいは飲んでる。すっことなか〜けどデイサービスに行って人と話すだけでもよか〜」と言って帰りました。(実際は、サービスを楽しみいろいろな作業に積極的の報告書がカルテにはありました。) 

◆診察後、研修医と指導医での振り返り

指導医:アルコール依存症の方が頻回受診だとなかなかよくならずそのままになる方も多いけど何か糸口を探すことも大切ですよね。実際にうまく行った方もいますからね。
研修医:でも、アルコール依存の患者さんは達成感が少なく診察したくないのが本音です。
指導医:正直でいいですね。自分の気持ちの中では、大変な患者さんが多いけれども持っているプロブレムが多いのでそのプロブレムごとに対応すると初期研修医や学生さんの知識や対応力をアップするのには良いと考えています。特に社会的問題も多いので学生時代に十分勉強できなかったことも実体験で対応できますからね。この患者さんは元々が親分肌なので本当は寂しがり屋だけど誰かと何かしたい気持ちがあったと判断し、信用している看護師さんを通じて少し動いたらなんとかいい方向に少しづつ動いている状態です。アルコールの影響が無くなると、思っていたほど高次脳機能も悪くない状態だったのでまだ経過途中だけですが、なんとか良い方向への道筋が見えたところかな?
研修医:でも、上手くいかない患者さんが多いですよね。
指導医:最初から本質を見ずに目をつぶっていたら何も進まない。一度にはできないかもしれないし、全員上手く解決はできないけど、できることからする・考えるが大切と思うよ。 

◆救急室頻回受診者について

救急外来では頻回受診者・常に緊急性は高くないのに救急車来院などは時々社会的問題になったりすることがありますが、その大部分は経済的な問題・精神的問題(不安障害など)・認知機能の低下・通院手段がない等の社会的な問題を抱えていることが多く、また複雑に絡んでいることも多いのです。特に医療者側が「アルコール依存症」と簡単に判断してしまうと「またいつものアルコール依存症の〇〇さんだ、いつも通りで帰宅させよう」との判断になり本質的な解決にならないことも多いですし、解決しようとしてもそのような患者さんの場合は介入が困難なこともあります。今回のKさんは飲酒していることが多いですが、実際にてんかん発作を起こして倒れていたりし、通行人や店員さんなどからの通報で救急要請され本人からの通報はない状態でした。実際にけいれんし怪我をしている場合もあり、発作の回数を減らす必要がありました。私たちとしてももう少し早めの介入ができていた可能性があり、本人の本来の姿を確認する機会を早期に作れればよかったと反省もしています。

救急室頻回受診者への介入は多種多様の問題を抱えている方も多く、困難な場合も多いが、しっかり状態をみつめる機会を作りいろいろな方々と連携(いわゆる多種職連携)し、何が本質的な問題かを確認していくことも大切だと再度医療者側も考えさせられたケースでした。
 

*アルコール依存症の問題

アルコール依存症の実数は2013年に全国調査が行われ、生活習慣病のリスクのある飲酒者(純アルコール消費量:男性40g以上/日、女性20g以上/日)が1,036万人、スクリーニングテストでアルコール依存症が疑われるものが(AUDIT 20点以上)112万人、国際的な診断基準(ICD-10)による厳密な診断基準でも現在有病者数が57万人となっている。その一方で、問題飲酒者として治療を受けている患者数は厚生労働省の患者調査によると、年間4万3千人から6万人程度であり、ほとんどの患者が専門的な治療を受けていない。コストの面でも2013年の全国調査で労働損失が約2兆5千億円、医療費が約4千億円など全体で3兆7千億円に上ると報告されており、過量飲酒は大きな社会問題となっている(1)。

国全体では酒類の販売量・成人1人当たりの酒類消費量は減少傾向がみられるが、飲酒習慣者・多量飲酒者の割合は大きな変化はみられない。未成年者では、飲酒経験者の割合・飲酒者の割合は減少傾向がみとめられる。現在、アルコール関連問題の予防と対策の啓発活動も広く行われるようになった。また、アルコールをはじめとした依存症(ギャンブル・薬物を含む)の理解を深めるための啓発も行われている。依存症に対する正しい理解が、適切な治療と周囲の支援に結び付く(2)。

 1)わが国の飲酒パターンとアルコール関連問題の推移(厚生労働省 e-ヘルスネット)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-06-001.html

 2)アルコール健康障害に係る参考資料(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/content/12205250/000615172.pdf


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※このエピソードは実話ではなく、これまで経験した例をもとにしたフィクションです。

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