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「家族が到着するまでの間、心臓マッサージくらいはしておいてほしい」電話口で家族は医師に伝え、電話を切った。

                          執筆:石上雄一郎

患者は80歳男性だった。仮にAさんと呼ぶことにする。
入所している施設で、夜間、職員が見回りをしている時に、Aさんが息をしてないことに気づいた。
施設職員は夜間の嘱託医に電話をしたが、夜中は対応できないから救急車を呼ぶようにと言われた。職員は当直の看護師を呼び出し、救急に連絡。当院の救急外来に搬送となった。 

◆蘇生の状況

心電図の初期波形は心静止、目撃者なし、バイスタンダーもいなかった。救急隊が心肺蘇生を開始し、10分ほどで救急外来に到着した。
救急のベッドへ移動した時も波形は心静止である。アドレナリンを投与し、チームで蘇生を試みた。
指導医は研修医に、どこまで治療するか確認してくるようにいった。研修医は付き添ってきた施設の職員と対話した。 

◆施設職員との対話

施設職員は、紙カルテを見ながら話をしてくれた。
研修医:Aさんはどんな状況でしたか? いつまで元気だったのですか?
施設職員:私はその時いなかったので、詳細は分かりません。

そこで、電話で他の職員に問い合わせてもらうことにした。電話で「5年前の入所時に、どこまで治療をするかを紙を書いたりしているか」を問うと、「延命治療は望まないが、病院へは搬送してほしい」に、○を息子がつけていたことが分かった。その書類が、紙カルテの1番前に残されていた。

◆家族と研修医の電話での対話

研修医:△△病院の医師をしています〇〇です。夜中に急な電話で失礼します。施設から状況は聞かれましたか?
息子:「具合が悪いから病院へ運んだので、すぐ来てほしい」としか言われてません。そんなに悪いのですか?
研修医:びっくりするかもしれませんが、Aさんは心臓が止まっています。我々も全力を尽くしているのですが、回復の見込みはない状態です。
息子:えっ? そんなに悪いのですか? どうしてですか?
研修医:どうしてと言われても……我々にもはっきりした原因は分かりません。
息子:施設からそんなに具合が悪いとは聞いてなかったです。なんで……
研修医:我々としては全力で蘇生を続けましたが、30分経っても戻りませんでしたので、中止しようと思います。
息子:はっ? なんで? 諦めるんですか? まだ30分ですよね? 生きてもらわないと困るんです。
研修医:もう蘇生の見込みはなくて……
息子:コロナで私もずっと父に会っていないのです。死に目にも会えないということですか? 心臓マッサージをしたら戻る人はたくさんいますよね。この間もテレビで見ました。奇跡的に目を覚ましたとか。そんなこと言わないでください。私が到着するまでの間、心臓マッサージくらいはしておいてほしいのです。
研修医:分かりました。

◆Aさんの今までの状況

施設入所中でアルツハイマー型認知症が進行していた。車椅子で移動するが寝ていることがほとんどの状態で、会話はほとんどできない。
 
5年前まで、息子が2人で何とかAさんを支えていたが、トイレの不始末が増えてきた。Aさんは「何もせんでいい! 自分でやる!」と言うが、明らかに便がベッドについても無頓着な父親に対して、息子は怒りが起こることもあり、Aさんと衝突することが増えた。
息子は自分では介護はできないと感じ、「ごめん、お父さん」と思いながら施設に入れたのだ。その後、新型コロナウイルス感染症が蔓延した結果、面会もできず、息子はAさんと会うことがなくなっていった。
 
Aさんはにっこり笑ったりすることは時折あるが、ペースト食は口に合わないのか吐き出してしまうことがあったという。ペースト食が提供されていたのは、誤嚥性肺炎を繰り返し、飲み込む筋力も落ちてきていたからだ。
 

◆医療チームへ

研修医:家族は治療を続けてほしいそうです。
医療チーム:え? この人にまだやるの?
研修医:息子さんは受け入れられないようです。
医療チーム:この歳なんだから受け入れてもらわないと、患者さんがかわいそうじゃない?
それに対して研修医は、なんと答えたらよいのか分からず、心はモヤモヤしていた。 

◆研修医と指導医の対話

「なぜ、こんな状況でまだ心臓マッサージをしなければいけないのでしょうか? 胸を押すとボキボキ音がするし、続けるのが辛いです。家族からは死に目に会えないのか?と言われたけど、なんと答えたらよかったのですか?」
研修医は泣きながら言った。
 
指導医は、反省した。研修医の先生を、休憩室へ呼び、コーヒーを淹れた。
 「辛かったな。すまなかった」
指導医は研修医の肩をたたきながらそう言った。
 
研修医:僕の伝え方が悪かったのでしょうか?
指導医:どう話をしたのか、僕は聞いていなかったら詳細は分からない。ただ、これは伝え方だけの話ではないということは言える。家族が最期の時に立ち会えなかったのは、僕らのせいではない。コロナで面会制限がかかって、ずっと会えていなかったのも僕らのせいではない。でも、家族は、悔しい気持ちをどこに持っていっていいか分からず、先生を責めたのではないのかな?
 

◆救急の仕事

救急医は命を救うのが仕事である。助けられないとは言いたくない。
しかし劇的な救命のケースはそう多くない。むしろ、見つかった時にはもう遅く助からないケースもたくさんある。
救急外来には悲しみが溢れている。
それでも、また次の患者を診なければならない。

研修医:こんばんは。お待たせしました。医師の〇〇です。はい、長い間お待たせして申し訳ありません。・・・肩が抜けたってことですね。こっちの手、少し見せてね。(コリッ)。ほら、どう?
子ども:(泣く)
研修医:痛くないはずだよ。
家族:えっ? 今治ったのですか?
研修医:どうですか? 動きますよ。
家族:あっ! ほんとだ。魔法みたい。
子ども:ありがとう!(嬉しそうにハイタッチ)
子どもとハイタッチを交わした研修医は笑顔でバイバイと手を振る。
 
喜びもある。
医師はスーパーマンではない。人間である。
助かったら嬉しいし、助からない場合は悲しい。
救急外来は、日夜生死にかかわる仕事である。
一期一会の関係性の中で救急医は成長していく。

◆テレビドラマの蘇生率

患者家族の医療の知識はテレビドラマに影響を受けていると言われている。
 
NEJMに1994年ごろの人気の医療ドラマ(ER/シカゴホープ/レスキュー911)の蘇生率を調べた研究が載っている。97のエピソード中、60回心停止が起こっており、大半は外傷だった。75%の患者は心停止直後から生存し、67%が退院できるまで生存した。
Diem SJ, Lantos JD, Tulsky JA: Cardiopulmonary Resuscitation on Television — Miracles and Misinformation. New England Journal of Medicine 1996; 334(24): 1578-1582.
 
医療ドラマや映画における蘇生率の高さが、実臨床で患者の非現実的な蘇生の希望に影響してくるのではないかという意見がある。また2010~2018年のテレビドラマでCPR(心肺蘇生法)のテクニックがACLS(二次心肺蘇生法)に沿っているか調べた研究がある(TVMD2 study)。836のエピソードの中で216回CPRがあったが、ほとんどが不正確(圧迫の深さ・回数・リコイルなど)だったそうだ。生存率は61.9%であった。TVドラマのCPRの生存率もここ20年で低下している。
テレビを見ていると心臓が止まっても、すぐに動き出すこともよくある。そのような医学的には”奇跡”の状態を普段から見ていると、”心臓マッサージくらいは”と思う家族がいても
不思議ではないのかもしれない。
Ramirez L, Diaz J, Alshami A, et al: Cardiopulmonary resuscitation in television medical dramas: Results of the TVMD2 study. The American Journal of Emergency Medicine 2021; 43: 238-242.
    CPR: Cardiopulmonary Resuscitation
    ACLS: Advanced Cardiovascular Life Support

◆どこまで治療するかの判断を家族にだけ委ねてはいけない

医療者に「治療方針をどうしますか?」と聞かれた人はいるだろうか? 今回のケースでは指導医も使っているが、残念ながら医療現場ではよく見る光景である。
医療者でない家族にとっては、感情的になっており、説明も専門的すぎて難しくて分からない。そんな極限状態の中で家族から言質をとる・選択を迫るような説明はしないことが望ましい。そのような選択は家族が一生背負っていくことになる。
医療者のコミュニケーションの教育は発展途上である。医療者のコミュニケーションにより “こんなはずじゃなかった” となる患者が少しでも減るようにしていきたい。

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※このエピソードは実話ではなく、これまで経験した例をもとにしたフィクションです。



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