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【エッセイ風】 愛とは?を抱えていくお噺

愛するってどういうことを指すんだろうなあ

私がこれから先も抱えていくであろう命題で、きっと解決もされない。
おっと、紹介しよう。
私はLGBTQ + の A:アセクシャルである。

他人に対して性的欲求をまったく抱かない
もしくは抱くことが少ないセクシャリティのこと。
アセクシャルであることと、恋愛感情の有無には関係がありません。 
愛情や結婚願望がないわけではないので、誤解されやすい傾向にあります。

私は月一程度でこの答えのない問いについて理解を深めている。
みなさんの見解はどうだろう。
このようなことをそもそも、考えないだろうか。
いや、考えなかったとしたら。
この文章をわざわざ読んでくれていないよなあ。

自分はとても不器用だ。とても天邪鬼である。
伝えたい感情を正確に伝えられている自信はほとんど皆無である。
でもそれは、自分の中で「大抵がそういうものだ」と自分で結論づけている。きっと。

さて本題である、愛とは何か。


きっとそれは”余分なもの”じゃないかと勝手に解釈している。
ここでいう余分なものとは、譬え話、生ゴミとか
そういった類の話ではないことはおわかりであろう。
(もしかすると、連想で、生ごみ>自炊>幸せな家庭 という捉え方もできるかもしれないが うーーん、発想力豊か。武豊。)
自分が相手と二種類のお酒をを飲もうと買ってきた時、どっちにする?とわざわざ袋から出して、見せて聞くことのような。
特段、なくても良い動作を
相手に対して向けられるかが重要視されると思うのである。
ありふれた言葉で説明するならば、気遣いとでもいうのだろうか。


ここで一つ質問をしたい。

あえて、愛を言葉で表すのなら、なんと表す?

「相手を大切に想うこと」「ずっと一緒にいたいと想うこと」
だと私の中で仮定した。普通、仮定には結果が存在するはずだが、
そんなことは気にせず行こうか。

こんな答えのない問いを、ある日友人と話した。
他にも理由があるとして、「安心感を得る」だとか
あとはなんだろうなあ。うーん。

極論な話、いや私にとって極論で
世間からしたら、割といるのかもしれないが
「性行為がしたい」「もの・金として」もあるのかなあ。

さて、ここでなぜこの話を持ち出したのか、という話に戻ろう。
この問いの実体・対象がペットでもいいのではないかと感じた。

つまり、愛犬に対してずっと一緒にいたい・大切だ・安心感を得たいと感じるのは、私個人にとって普通のことで。
普通の恋愛となんの差があるのだろうか?ということを考えてしまったのである。
もっと噛み砕くと、家族を愛する気持ちと恋愛の差がわからないのである。

なかなかに面白いだろう?
この話をすると、いや気の知れた人にしかしないが大抵、理解されない。

んでもって、言われるのが『犬は喋らないじゃん』。
ごもっともである。
でも喋るから愛すのか?と言われてもなあ。

今話した時に、残ったものって『性行為』じゃないですか。
これがとてつもなく、
本当に。
嫌悪しかないんです。嫌なんです。

この感情を持っている人で、悩んでいる人。
自分はダメな人かも知れないと思っている人に届けたいなあ。
これが LGBTQIAA の A です。アセクシャルです。


私は人という存在があまり好きではない。
何も、捻くれだとか逆張りだとか、そういったことで発言しているわけではなく。
前述にもあるように、天邪鬼ではあると自覚しているが、どうしても根本は「自分をより良くするために」という裏の意図が世界にありふれている気がして、たまに嫌気がさす。
まあ、そんなことを考える余裕がある、ほんの少しの時でしかないけれど。

多分なのだが、この気持ちも含めて
嫌なのだとおもう。

まあ、もう少しで描き終わろうと思った際に
ふと思ったこと。

生殖することを望まない生命体って….?

自分がそうであるからこそ言える皮肉である。
実は私、神様だったりするのかな。
ぜんっっぜん嘘。そうなりたかった。

さて、ここまで読んでくれた人の人生が豊かになりますように。
いや、なるよ。私、神様だもん。

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