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やっぱり苦手なこと

いきなりだが、わたしは電話取材をする仕事が苦手である。

現在わたしの仕事の多くを占めているのは、資料と簡単な電話打ち合わせを経て原稿を制作する案件だ。最初はこの電話打ち合わせに苦労していたが、この案件を受け続けてもう3~4年も経つので、今ではだいぶスムーズにやり取りができるようになった。電話内容が取材ではなく、対等な立ち場で行なう”打ち合わせ”であることも、わたしの苦手意識を薄らがせた。

しかし、ライターとして原稿依頼主に直接取材するのは、今でも苦手である。過去に何度か電話取材の案件をいただき挑戦したのだが、上手くいったケースはほとんどない。

大前提として、わたしは会話を通して内容の要点を瞬時に理解したり、さらに話を広げるため次に繋げるアクションをすることが苦手だ。一度文章にして整理したり、段取り通りに進められる状況だったりすれば、まだなんとかなるのだが、電話取材は会話の内容に応じて臨機応変に流れを変えていかなければならない。けれど、そんな風にスマートに舵を切れないわたしは「あれも聞かなきゃ、これも聞かなきゃ。でも無理矢理話題を変えるのは失礼だし…」「あ!あのことを聞き忘れていたから、もう一度話を戻さないと…」と取材中は頭が大混乱なのである。

また、電話取材が苦手だと思った出来事もある。
それはある大手飲食チェーンの求人原稿制作を担当したときのことだった。誰もが一度は利用したことがあるような飲食店を多数展開する”お馴染みの企業”であったこともあり、比較的話が進めやすそうだなと思いながらわたしは先方に電話をかけた。

電話に出たのは採用担当の方だった。特別感じがいいわけでもないが、悪いわけでもない。まず取材の趣旨などを伝え、本格的にヒアリングに入ろうとしたところで、取材をする相手がもう一人増えた。それは今回求人を行なうポジションと同様の立場で働いている方、いわば現場の社員だった。たしかに実際の業務内容などは採用担当の方よりも、現場で働いている方に伺った方がいいだろう。そうして3人での電話取材がはじまった。

しかし、取材環境は最悪であった。
仕方がないことではあるのだが、1台のスマホをシェアしてわたしの取材を受けるということから、先方は”スピーカーフォン”にしている。そのため周りの音を拾いまくり、わたしの耳には始終雑音と共に先方の声が届いた。たびたび何を言っているのか聞き取れない場面があり、そのたびに謝りながら聞き返す。

また、現場で働く社員の方は取材に対してまったく協力的ではなかった。人事に言われたから仕方なく付き合っているという感じで、そもそもこの取材のことも事前に詳しく聞かされていなかったのかもしれない。そんな中、慣れない電話取材を続けた。

そして、取材がやっと終盤に差し掛かった頃―――。
今回募集するポジションの魅力についてヒアリングしていたわたしは、いつものように例を交えながら先方に質問する。
「この仕事の魅力ってどんなところでしょうか?たとえば、手当や賞与がしっかり支給されるので、収入アップを目指せるとか。人々の食生活を陰で支えている、という貢献性とか……」
わたしの耳に失笑が届いた。電話越しの彼らが「収入アップって…」と小馬鹿にしたように笑っているのである。わたしは一瞬固まったが「たとえば、なので」と一緒に笑った。

なんとなくだが、飲食業界でも売上上位に食い込むような大手チェーン飲食店を展開する自分たちに「稼げる」「給与がいい」といったチープな言葉をかけるなんて……というようなプライドを感じた気がした。この場合、たしかにわたしの”たとえチョイスミス”がそういう空気にした一因であることは否めない。しかし一方で、明らかに上手く立ち回れずに精神を削っているこの電話取材が、やっぱり苦手だと思ってしまったのだ。

―――こういった経緯もあり、最近相談された電話ヒアリングありの案件を大変迷った末にお断りした。相談される案件にはできるだけ応えたいのだが、電話取材的な要素が含まれるとどうしても苦手意識が働いてしまう。いつかは克服できるといいのだが、それにはもう少し時間がかかりそうだ。


そして、このような思い出を頭の中で反芻していると、一通のメールが届いた。
『申し訳ありません。先方に原稿を提出したところ赤が入りまして…もう一度修正していただけないでしょうか』
その文章の後に、こんな風に原稿を修正してほしいと細かな指示が書かれている。
ちょっと待てよ、この原稿はもう2週間以上も前に納品したものだ。それが今になって修正してほしいとは何事だ?これは絶対にわたしの業務契約に含まれていない対応だ。うん、そうだ。だからまずは案件をアサインしてくれた担当者に連絡を………

…………というところで目が覚めた。
わたしは慌ててスマホをチェックする。『原稿修正をお願いします』のメールはどこにもなかった。
ぜんぶ、夢だった。
どうやら過去に行なった電話取材での苦い思い出も、ベッドの中でまどろみながら反芻していたらしい。そうして仕事のことを考えながら寝るものだから、修正メールの夢なんて見てしまったのだろう。

そういえば変な体勢で寝ていたからか、メールの夢以外にも、短い悪夢を2~3つ見た。ガンガン金縛りにもあっていたし、寝起きのリフレッシュさはどこにもない。
重い体を引きずって、パスタを作った。ソーセージやしめじを入れるとなお美味しいと書いてあったので、それらをソテーしてパスタソースに馴染ませた。
まあまあだった。
そんなまあまあのパスタを食べてから、わたしはいつものように仕事にとりかかった―――今日はそんな土曜日だった。

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