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タイパを追及したコンテンツの行きつく先

■タイパを重視した結果、ファスト映画が生まれた


最近はタイパ=タイムパフォーマンスという言葉をよく耳にします。時間あたりのパフォーマンスを最大にしたいという価値観が広がり、何をするにしてもタイパが重視されるようになりつつあります。
それだけスマートフォンの登場以降、コンテンツが溢れかえり、人々の可処分時間を奪い合っている証拠だと思われます。

タイパ重視の世の中において、ひとつの象徴的な出来事がファスト映画の存在です。映画は短いもので1時間半、長いもので2時間以上の尺がありますが、あらすじのみを短い動画にまとめたファスト映画が、YouTubeに溢れていました。著作権侵害によりファスト映画チャンネルの運営者が逮捕されるに至りましたが、このファスト映画が人気であることも、いかに人々がタイパ重視かを表していると言えるでしょう。

■倍速視聴をされやすいのは、ドラマ


ファスト映画へのニーズは「短時間であらすじのみを知りたい」という欲求が元になっていますが、2021年のクロス・マーケティングによる調査によると、倍速視聴をしたことのあるユーザーのうち、倍速で観たいと思うコンテンツ1位はドラマ=35.7%(n=378)となっています。
映画は23.8%ですから、情報密度の濃い映画に比べると、密度の薄いドラマが緩慢に感じてしまうのではないでしょうか。

もともとYouTubeには再生速度を変える機能がついており、2倍速再生はよく使われる機能でしたが、いまやUnextやHuluなどの映画・ドラマをメインとした配信プラットフォームにも、再生速度を変える機能がついています。

タイパを重視する流れを突き詰めていくと、今後のコンテンツはどのようになっていくのでしょうか。

■起承転結の転が繰り返される、刺激の強いコンテンツ


1つの解としては、視聴者が飽きないように、ソリッドシチュエーションなどのエッジの効いた要素を詰めて、1回の視聴枠内においても内容の転換が行われる刺激の強いコンテンツが量産されることです。

例えば、Netflixにおいて420億回以上再生された韓国の「イカゲーム」があります。「イカゲーム」は、いわゆるデスゲームというジャンルに分類されるソリッドシチュエーションのドラマです。主人公たちは賞金を手にするために、生死をかけたデスゲームに参加し、毎回ゲームをクリアするためにチームで挑みます。1話ごとに頭脳を使う知的なゲームが展開され、並行して裏切り等の人間ドラマが進行し、1話の枠内において、状況の転換が早いので息つく暇がありません。
このように「デスゲーム」といったソリッドシチュエーションを土台にして、1時間の枠内においても「息をつく暇がない」という刺激の強いコンテンツが一つの解になり得ます。

韓国ドラマの定番ジャンルとして「復讐モノ」があります。日本でリメイクもされた「梨泰院クラス」や昨年末配信された「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」、2023年に配信された「セレブリティ」も全て復讐モノです。

主人公と対峙する敵が存在することで、両者のあいだに押し引きが生じて、目まぐるしいスピードで場面展開してきます。そして、復讐モノというジャンルを土台にして、「ザ・グローリー」においては凄惨な暴力シーンが繰り返されたり、「セレブリティ」においては謎解き要素が入っていたりと、ソリッドな仕掛けがいくつもされているのです。

Netflixは、統計的に顧客の好みや視聴状況を分析しており、統計的に当たる確率の高い作品を配信しています。人間の視聴動向をハックしているのです。

■物語の筋書きではないものを見せる


ソリッドシチュエーションを散りばめた刺激の強いコンテンツ以外に、タイパ時代を生き残るもう1つの方向性は、物語の筋書きではないものを見せる、ということです。

例えばエミー賞等、数々の賞を受賞したドラマ「ベター・コール・ソウル」があります。一介の教師であった末期がん患者の主人公が、麻薬王になるまでを描いた「ブレイキング・バッド」のスピンオフ作品です。「ブレイキング・バッド」に登場する悪徳弁護士、ソウル・グッドマンの前日譚を中心に描いたドラマです。

「ベター・コール・ソウル」の特徴は、映像に語らせる点が多いということです。毎回ドラマの冒頭、主人公のジミーが、シナボンで働く様子がモノローグで描かれますが、そのシーンについての説明は一切ありません。主要人物の一人であるジミーの恋人キムは、最初は正義感溢れる弁護士であったものの、徐々にジミーの不正行為に手を貸してしまうようになります。しかし、そのキムの気持ちの変遷はセリフで明示的に表されることはなく、登場シーンを重ねるごとに視聴者がなんとなく感じていく流れになっています。序盤のシーズンでは青色の服を来ていることが多いキムでしたが、後半は赤色の服を着用するようになります。これは、キムの道徳観が揺らいでいることを暗に表していると言われています。

「ベター・コール・ソウル」は、物語の筋書きを分かりやすくセリフやナレーションで説明するのではなく、映像で語らせることによって、視聴者が前後の情報を合わせて「多分そういうことなのだろう」と想起する作りになっているのです。

ジブリ作品についても、同じことが言えます。ジブリ作品の映像美が素晴らしいこともさることながら、やはり作品全般において「映像に語らせる」ことが多いのです。
「千と千尋の神隠し」では、最初は棒のように細かった千尋の手足の描かれ方が、後半千尋の精神的な成長とともに力強くなっていきます。脚本で明示されないものが、映像を通して語られているのです。

「映像に語らせる」の元祖ともいうべき作品は、小津安二郎の作品です。世界中にファンを持つ小津作品ですが、映画のストーリーを説明したら、5行程度で済んでしまうものがほとんどです。さらに、小津作品独特のセリフ回しは、タイパの観点からは無駄とも思われるユニークなものです。例えば夫婦の会話を一つとっても、

「あなた、そうですかね」
「きみ、そりゃあそうだよ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだよ」
「そうですか」

というような感じで、なんてことはない言葉の応酬が繰り返されます。作品のストーリー上意味があるかと言われればないのですが、小津作品独特のセリフ回しは、映像の流れそのものに独特のテンポを与えています。

■村上作品の文章に浮かぶリズム


タイパの流れは、映像コンテンツのみならず、文章にも浸透しています。ビジネス書の要約サイトや文芸作品の要約番組なども登場し、あらすじにフォーカスして、短時間であらすじを説明するコンテンツが人気です。

文章についても映像作品と同じく、物語の筋書きではなく文体にも重きを置いている場合があります。作家の村上春樹さんは、文体にこだわりがあることで有名です。初期の作品は一人称でしたが、作品を重ねるごとに文体がアップデートされて三人称へと変化しています。

村上春樹氏はジャズ愛好家で、若かりし頃にジャズバーを経営していたことで知られています。指揮者の小澤征爾氏との対談の中で、自らの文章は音楽に影響を受けたと話しています。

「文章にリズムがないと、そんなもの誰も読まないんです。前に前にと読み手を送っていく内在的な律動感というか……。(中略)僕はジャズが好きだから、そうやってしっかりとリズムを作っておいて、そこにコードを載っけて、そこからインプロヴイゼーションを始めるんです」

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」新潮社 より


村上春樹氏の作品は「ノルウェイの森」以外は、ほとんど非リアリズム小説です。もし筋書きだけを説明したら「なんだそれは」と思ってしまうような突飛な作品が少なくありません。しかし、その物語のあり様を読者に納得させ、世界観に引き込むのは村上氏の文体のリズムに寄るところが大きいのです。

処女作「風の歌を聴け」を執筆した当初も、A、B、C、Dと順に書いていく中で、Bを抜いたりしてリズムをつけた、と過去の書籍においてに語っています。

村上春樹氏の作品もまた、物語の筋書き以上に文体そのものに価値があるのです。

■2極化するコンテンツ

このように、今後コンテンツは人々の視聴状況をハックした「刺激の強いコンテンツ」か、映像そのものや文体そのものに価値がある「物語の筋書きではないものを見せるコンテンツ」に2極化していくものと思われます。
商業的なコンテンツは「刺激の強いコンテンツ」に集約すると思いますし、作家やクリエイター個人のこだわりが生むのが「ストーリーの筋書きではないものを見せるコンテンツ」なのではないかと思います。
前者が、ケチャップがたっぷり入ったダブルチーズバーガーだとしたら、後者は良いだしが効いたすまし汁です。チーズバーガーが溢れるコンテンツの中で、すまし汁は希少になっていくのかもしれません。

■引用参考
https://www.cross-m.co.jp/report/life/20210310baisoku/



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