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妊娠前からできること プレコンセプションケア①(体重、葉酸について)

最近よく聞くプレコンセプションケアって?

妊娠を考えるときに、将来生まれてくる子のために何ができるでしょうか?妊娠前から将来生まれてくる子のために健康状態を整える準備のことを「プレコンセプションケア (preconception care)」といいます。
妊娠する準備を怠ると流産などの妊娠合併症が増えるだけでなく、出産後の赤ちゃんの成長や成人した後にも影響することがあります。

妊娠初期にお母さんが低栄養だと子どもが肥満になる!?

ある有名な研究論文を紹介します。1944~45年のオランダの北東部で、第二次世界大戦中にドイツ軍によって運び込まれる食糧が封鎖され、深刻な食糧不足となりました。そんな飢餓状態の中で妊娠・出産し生まれてきた子どもたち約30万人について調査を行うと、妊娠後期から生後数カ月に低栄養状態で生まれてきた場合には痩せた子が多くなり、逆に妊娠初期に低栄養状態であった場合に肥満が増えることがわかりました(文献1)。のちに、英国のBarker先生が、妊娠前半の母胎が低栄養状態などでストレスを受けると、生まれてくる子どもは生活習慣病を発症しやすくなることを報告しました(DOHaD仮説;生活習慣病胎児期発症起源説)(文献2)。
妊娠中のお腹の中の赤ちゃんは、胎盤を通してお母さんから栄養を吸収します。そのお母さんの栄養状態などが、将来生まれてくる子どもの運命を決めるかもしれません。妊娠してからでは遅い場合もありますので、妊娠を考えたらプレコンセプションケアをはじめましょう。 

日本人は「やせ」が多い!

みなさんのなかにも、「少しでも体重を減らしたい!」「ダイエットしなきゃ!」と思っている方は多いでしょう。日本は、ダイエット志向が非常に強く、実は先進国のなかで最も低体重(やせ)の女性が多い国なのです。
肥満ややせの判定にはBMI(body mass index)が用いられ、(体重kg)÷(身長m)×(身長m)で測定できるのですが、低体重はBMI<18.5です。2019年の日本人女性の低体重は、20~29歳で20.7%、30~39歳で16.4%であることが報告されおり、20歳代で2割も過度に痩せている女性がいることがわかります(文献3)。

日本人女性のBMIの割合 
厚生労働省:令和元年(2019年)国民健康・栄養調査(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_14156.html)

「小さく生んで、大きく育てる」は間違いだった?!

女性の低体重は、妊娠後の早産や胎児の低出生体重(未熟児)などのリスクとかかわります。一時赤ちゃんが小さいと出産が楽だから、「小さく生んで、大きく育てる」と言われていた時代があります。これは大きな間違いで、低出生体重児はその後にさまざま後遺症を残すこともありますし、新生児死亡のリスクにもつながります。またはじめにお話ししたとおりで、生まれてくる子どもが将来生活習慣病を発症しやすくなります。

では、妊娠するときに太っていたらどうなるの?

逆に肥満(BMI>25)の場合、特にBMI>30になると不妊症、流産、妊娠後の合併症の発症リスクが高くなり、妊娠へ悪影響を及ぼすことがわかっています(文献4)。特に、糖尿病までいかなくても糖尿病予備軍である耐糖能異常だと、妊娠した後にホルモン状態の変化により糖尿病になりやすくなります(妊娠糖尿病)。
妊娠糖尿病になると、流産・早産や胎児の奇形の発症率が上がり、また妊娠継続しても胎児が巨大児になって難産になることもあります。
妊娠前から肥満があれば適度なダイエットや、耐糖能異常、家族に糖尿病の方がいる場合は、専門の病院で精査して必要があれば内科で妊娠前から治療することをお勧めします。

葉酸

葉酸の必要性に関しては、最近は葉酸を含むマルチビタミンサプリメント、エレビット®️のCMがテレビで流れているので、以前よりその必要性が知れわたってきていると思います。

葉酸が不足すると、どういうリスクがある?

葉酸不足は、二分脊椎や無脳症を含む神経管閉鎖障害(Neural tube defect;NTD)の発症するリスクを上げることがわかっています。二分脊椎は生まれた後に手術をしても、下肢運動障害で生涯歩くことができなかったり、水頭症などで知能の発達が遅れたりすることのある病気です。また無脳症は生まれてすぐに死産になることが多いです。
日本のNTDの割合は、2012年に10,000出生児あたり5.55(二分脊椎5.18、無脳症0.37)で、諸外国より高い割合です(文献5)。ただし無脳症は妊娠中に超音波検査で見つかることが多く、ほとんどが妊娠中絶となっていることが予想されます。この統計のデータでは、中絶となった無脳症の胎児が含まれていないため、実はNTDの割合はもっと高率であることが予想されます。このNTDを引き起こす原因は、ホモシステインというアミノ酸で、葉酸を介して代謝し減少させるため、葉酸が不足すると、このホモシステインが代謝されずNTDのリスクが上がります。
しかも日本人はこのホモシステインを代謝するのにかかわるMTHFRという酵素の遺伝子変異が非常に多く、実に6割を超えています(文献67)。そのため、日本人では特に葉酸のサプリメントが必要です。

不妊症女性の65%がMTHFR遺伝子変異
(Kuroda K, st al:Effects of periconceptional multivitamin supplementation on folate and homocysteine levels depending on genetic variants of methyylterahydrofolate reductase in infertile Japanese women. Nutrients 2021; 13: 1381.)

妊娠前からのマルチビタミン摂取を

また葉酸だけでなく、ホモシステインの代謝にはビタミンB6、B12、Dもかかわっており、マルチビタミンサプリメントを推奨します。ただし、ビタミンAは過剰に摂取すると流産や胎児奇形とかかわることがわかっていますので、一般的なマルチビタミンサプリメントではなく、妊娠を考慮したマルチビタミンサプリメントを推奨します。

葉酸内服量の目安

葉酸の内服量は、通常1日400~800μgが推奨されており、筆者の研究でも1日800μgの葉酸を含むサプリメント(エレビット®︎)を1カ月間摂取すれば、MTHFRの遺伝子異常があっても、NTDの発症リスクを最低限まで下げることができます(文献7)。
またマルチビタミンサプリメントは、NTDの発症をおさえるだけではなく、排卵障害を改善し、軽度ですが妊娠率を向上し、流産や死産を減らし、かつ貧血を改善する効果があることもわかっています(文献8)。

いつから摂取すればいいの?

葉酸は妊娠してから摂取しても通常間に合いません。妊娠を考えたら妊娠をする1カ月以上前から葉酸を含むマルチビタミンサプリメントを始めましょう。

 

参考文献

1.                 Ravelli GP, et al. Obesity in young men after famine exposure in utero and early infancy. N Engl J Med 1976;295:349-53.

2.                 Barker DJ, Osmond C. Infant mortality, childhood nutrition, and ischaemic heart disease in England and Wales. Lancet 1986;1:1077-81.

3.                 厚生労働省. 令和元年(2019年)国民健康・栄養調査(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_14156.html

4.                 Metwally M, et al. Reproductive endocrinology and clinical aspects of obesity in women. Ann N Y Acad Sci 2008;1127:140-6.

5.                 Yila TA, et al. Predictors of folate status among pregnant Japanese women: the Hokkaido Study on Environment and Children's Health, 2002-2012. Br J Nutr 2016;115:2227-35.

6.                 Wakai K, et al. Profile of participants and genotype distributions of 108 polymorphisms in a cross-sectional study of associations of genotypes with lifestyle and clinical factors: a project in the Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort (J-MICC) Study. J Epidemiol 2011;21:223-35.

7.                 Kuroda K, et al. Effects of Periconceptional Multivitamin Supplementation on Folate and Homocysteine Levels Depending on Genetic Variants of Methyltetrahydrofolate Reductase in Infertile Japanese Women. Nutrients 2021;13.

8.                 Cueto HT, et al. Folic acid supplementation and fecundability: a Danish prospective cohort study. Eur J Clin Nutr 2016;70:66-71.

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