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【竹林 崇先生:インタビュー第3回】自身の取り組みの根底にある信念

情報が氾濫する時代に自己研鑽を積む極意について,リハビリテーション分野のエキスパートにインタビューする本企画。6人目は,脳卒中リハビリテーションの専門家として,さまざまな媒体を通じてセラピストに有益な情報を発信されている,大阪公立大学大学院 教授の竹林 崇先生にお話を伺いました。
全4回シリーズの第3回では,先生のさまざまな取り組みとその裏にある想いについて,語っていただきました。

遊び心にも宿る信念

——第2回の最後で,『この軸足をはずしてしまうと,すべての活動が音を立てて崩れ去る気もしています』との発言がありましたが,なぜそのように思われるのでしょうか。

竹林:
『PT・OT・STのための臨床5年目までに知っておきたい予後予測の考えかた』(医学書院)が日本リハビリテーション医学会学術大会の書籍展示に並んでいるのを見た多くの先生には,アニメ風のカバーについて,とても注目をいただきました。
著名な先生にも学会シンポジウムの発表前の講師紹介で触れていただくなど,話題にしていただきました。
ただ,こういう一見突飛なことをする際に,「実績が伴う人間」がやった場合と,「そうでない人間」がやる場合,周囲からの目がまったく異なると思うのです。
仮に,実績がない方がやった場合,「また変わったことをして…」と無関心に流されて終わってしまうかもしれません。
ただし,実績がある方が実施した場合,「あの人がやるんだから…,何か意味があるのかもしれない…」と好意的にとらえてもらえるかもしれません。
ですから,自身の本分である分野においてはきっちりと形に残る結果を出し続けるように意識する必要があると感じています。

——出版社という立場からも,医学書でアニメ風のイラストのカバーはインパクトが大きかったです。

竹林:
書籍の内容は,臨床介入を考えるうえで必要な予後予測に関する考え方を解説していて,多くの共同筆者の方々と,時間をかけて執筆したものですので,自信をもっておすすめできるものです。
ただし最近は,活字離れの影響もあってか,たとえ良本であったとしても,消費者の方々の手に届かないことも増えているように感じます。
ですから,少しでも目に留めていただきたいと考え,あのカバーを採用させていただきました。
イラストを担当いただいた漫画家のたいらさおり先生にも,『(患者さんにリハを提供する臨床において)一筋の光を求めつつ,勉強する姿』というコンセプトをオーダーさせていただき,あのイラストになりました。

——キャラクターを用いたクリアファイルや等身大パネルなどのグッズも新しい試みですよね。

竹林:
ほかにもアクリルキーホルダーを作成しているのですが,完全に私の趣味ですね。
もはや,医学書院様を巻き込んだ個人的な同人活動といってもよいかもしれません(笑)。
ただ,読者の方々に興味をもっていただくためには,内容が整った良本です,といった真面目かつ真っ当なアピールだけではなく,『この本がつないだコミュニティ全体で勉強している』といった体験を作る必要があると考えました。
だからこそ,キャラクターを活かしたグッズなどで話題を提供し,SNSで盛り上がりを作ることで,『勉強しているのは1人ではない。(本を手に取り勉強する)仲間がほかにもいる』という体験を遊び心ももって作りたいなと感じました。
普段から医学書を購入したり,積極的に情報収集する方は,「知見を深めたい」「目の前の患者さんを良くしたい」「研究したい」「社会を変えたい」「役に立ちたい」といった自分で勉強できる情熱をおもちだと思います。
ただし,同じ熱量をもって勉強できる人々が近くにいるかどうかは環境によると思うのです。
1人で同じ熱量を維持することは,とても難しいと感じています。
ですから,同じ情熱をもった同志のいるコミュニティに居場所があることが重要ではないかと思います。
それらのつながりが,グッズをきっかけとして構築され,多くの方々に交流してもらえたらと思い,実施しました。

脳卒中作業療法の専門家としてのメッセージ

——当社の新刊『急性期・回復期でおさえておきたい脳卒中作業療法の心得』(https://www.medicalview.co.jp/catalog/ISBN978-4-7583-2092-4.html)についても伺いたいと思います。本書は新人・若手の作業療法士向けの書籍ですが,どのように活用できる内容でしょうか。

竹林:
作業療法の専門性が発揮される領域は,年々拡大してきていると思います。
また作業療法は,身体機能やADLなどの機能回復を目指すアプローチから,患者さんの生き方や役割に応じた「作業」に焦点を当てたアプローチという原点に回帰しつつあります。
そのような背景のなかで本書は,脳卒中リハの中心的な役割を担う回復期リハ病院において,上肢麻痺やADLへのアプローチに加えて,就労支援や自動車運転支援といった新人・若手のうちから知っておいてほしい脳卒中作業療法に必要な知識や技術をまとめた内容となっています。


——就労支援や自動車運転支援について,新人・若手の方は現状ではどのように学んでいるのでしょうか。

竹林:
これらの内容は近年,養成校でも教えるようになってきています。
多くの場合,講義は養成校の教員ではなく臨床の専門家が担当しているのではないかと思います。
ただし,学生にとっては臨床家の話は専門的で高度な内容も多く,すぐに理解することが難しいのではないでしょうか。
ですから,卒後働き出してからその必要性を実感し,そのうえで学び直し,深化を図る必要があると思います。
本書の内容は,学生や新人・若手のセラピストにもわかりやすく,卒後と卒前に感じる学習のギャップを埋められるような解説が随所になされた書籍だと思います。

——タイトル通り,重要なテーマをわかりやすく学べる内容なのですね。

竹林:
そうですね。
各項目のなかで総論・評価・アプローチというストーリーで完結しているので,読者にも理解しやすいと思います。
また,領域によっては事例についても記載されているのもよい点です。
養成校では,身体障害作業療法学の講義で疾患別に作業療法アプローチを学ぶので,脳卒中の身体障害へのアプローチもさまざまな疾患の1つという位置付けです。
ただし,多くのセラピストが就職するリハ病院において,脳卒中にかかわることは非常に多いです。
ですから,本書のように1冊で関連するテーマ・領域を広く学べるのは,とてもよいと感じています。

社会に貢献したいという想い

——先生のX(旧Twitter)では,ご自身の書籍にかかわるグッズや漫画・アニメといった趣味などのプライベートな話題,学術的な話題のほか,患者さんに役立つさまざまな道具も紹介されていますが,必要な方がやりたいことをできるように情報発信するのが狙いでしょうか。

竹林:
われわれは,疾患を患われ,障がいとともに生きる方々にたくさんかかわらせていただきます。
そのなかで,多くの方が教えてくださったのが「普段は,生活が1人でできることが当たり前だった。でも,(障がいとともに生きる今)何でもないことが1人でできない,人に頼まなければならない。これがどれほど辛いことか…」という想いです。
多くの一般の方々は,障がいとともに生きる方々と接することが少ないと思います。
その世界観のなかでは,多くの患者さんがおっしゃるその想いをご存知ないのだろうと思いました。
ですから,道具の発信を通して,患者さんが抱えるそういった想いを多くの人に,まず知ってほしい,そして,リハで用いられるこれらの道具が世の中のスタンダードの1つとなってほしいと思い発信を始めました。
そのなかで,意識していることもあります。
少しでも多くの方に道具の存在を知ってもらうことはもちろん大事です。
ただ,紹介するのは障害の有無にかかわらず,誰にとっても便利な道具であることを意識しています。
「知ってほしい,理解してほしい」,という気持ちだけでなく,「皆にとって便利だね,使えるね」という形で社会に浸透してほしいなと感じています。

——それにはどういった理由がありますか。

竹林:
リハで用いられる道具は,作業療法士にとっては患者さんの作業の自立を補助するために必要なものかもしれません。
ただし,患者さんにとっては今まで見たこともなく健常者が普段使っていない道具であることが多いです。
ですから,道具を提案した際に,「自分はこんな特別な道具を使わなければならない身体になってしまったのか…」と感じる方もいらっしゃいます。
このように,自分が障害を有したことを強く認識し,逆にバリアとなってしまい,受け入れが難しいことも多いです。
道具や環境の受け入れは,患者さんのもつそれぞれの価値観にかかわる大切な事項だと思っています。
例えば,以前私が担当した建築家の患者さんは,ご自身の価値観が具現化された自宅のデザインに対する家屋調整,道具の導入を「安全性の問題があるという点は頭では理解できるけれど,受け入れることができない」と一切拒否されたことがあります。
ただし,デザイン性と機能性という2側面を有する道具が,障がいの有無にかかわらず,社会においてすでにスタンダードの1つであれば,こういった葛藤も少なくなることもあると思うのです。
そういった社会の価値観を,道具を紹介するという発信を通して,形にしていければと思います。

——確かに誰しもが使いやすい道具が社会に浸透すれば,患者さんが障害を意識することも少なくなりそうです。

竹林:
われわれは,現在医療保健や介護保険のなかで,障がいとともに生きる方々とかかわることが多いですが,世の中の意識として,健常者と障がいとともに生きる方々の目に見えない分断を少しでも減らすことができれば,と感じています。
言葉にするには簡単ですが,非常に難しい問題だと思います。
どちらかが我慢して分断をなくすのではなく,互いに利益がある道具がそれらをつなぐ橋のようになればよいなと感じています。
それらを実現するために,今後もさまざまなことに挑戦していきたいと思います。

自分の可能性を拡げるのは,何となくなりたい将来像

——先生は新人・若手の頃に今の自分の姿をイメージされていましたか。

竹林:
あまり具体的なことはイメージしていなかったですね。
目の前の患者さんへの対応,仕事や課題への対応で精一杯だったイメージがあります。
ただ,若い頃に父と話して,臨床でずっと働くわけではなく,将来は教育者になるという目標を漫然ともっていました。
当時から60歳まで臨床現場で働き続けるのはなかなか身体的に難しいのではないかと感じていました。
重度麻痺の患者さんの移乗などは自分自身が年齢を重ねた際に自信をもってできないこともあるのだろうな,とは思っていました。
なので,教育者になるためには,大学院に行って学位が必要になる,学位を取るためには一般的な研究ができないといけない,というのはなんとなく感じていたので,新人の頃から逆算しながら少しずつ取り組んでいきました。
ただ,大学病院だったこともあり,周囲の皆さんも学会発表や論文執筆に取り組まれていたので,そういう環境下に身を置けていたことは運がよかったなと思います。

——しっかりとイメージされていたわけではないんですね。

竹林:
なかなか,目標とは自身の経験から未来を推定するもの,と個人的には思っているので,実感のない経験,机上で学んだ知識だけで,具体的な目標を決めるのは逆にリスクなんじゃないかなと素人的には思います。
キャリアコンサルタントにかかわる勉強などをしたことがないので,個人的な意見ですが。
逆に,何となくなりたい自分をイメージして目の前に与えられた仕事をこなしつつ,変わりゆく価値観に合わせて,おおまかな方向性に従い行動することのほうがよいのではないかと個人的には思います。
振り返ってみると,おおまかに5年ごとに自分の大きな目標というか,なりたい自分の像は変わっているので,抽象度の高い将来像でも構わないと思います。
むしろ目標を細かく設定しすぎると目標に縛られて機会損失も招き,自分の可能性を狭めてしまうような気もします。
キャリアデザインという言葉もよく耳にしますが,何もかも「今」決める必要はないので,求められる仕事,そして目の前のことに,まずは全力で取り組んでもらえたらと思います。

第3回では,先生のさまざまな取り組みとその背景にある想いや考え方について,伺うことができました。第4回では,セラピストとしての心構えや経験の臨床への活かし方,読者に向けたメッセージをお聞きします。

(第4回につづく)

【竹林 崇先生プロフィール】
〈略歴〉

大阪府生まれ。2003年川崎医療福祉大学医療技術学部リハビリテーション学科作業療法専攻卒業後,同年兵庫医科大学病院リハビリテーション部入職。2018年兵庫医科大学大学院医科学専攻高次神経制御系リハビリテーション科学修了後,博士(医学)を取得。同年大阪府立大学大学院総合リハビリテーション学研究科准教授として着任し,2020年4月より同大学院教授(2022年4月より大阪公立大学大学院リハビリテーション学研究科教授),現在に至る。専門分野は脳卒中後上肢麻痺に対するアプローチで,関連する論文・書籍を多数執筆。X(旧Twitter)をはじめ,YouTube,Instagram,noteなどのSNSやオンラインサロン,Webセミナーを通じてセラピストに情報提供を精力的に行っている。

【主な著書】
行動変容を導く!
上肢機能回復アプローチ -脳卒中上肢麻痺に対する基本戦略(医学書院)
上肢運動障害の作業療法 -麻痺手に対する作業運動学と作業治療学の実際(文光堂)
作業で創るエビデンス -作業療法士のための研究法の学びかた(医学書院)
PT/OT/STのための臨床に活かすエビデンスと意思決定の考えかた(医学書院)
作業で紡ぐ上肢機能アプローチ -作業療法における行動変容を導く機能練習の考えかた(医学書院)
作業で語る事例報告 第2版 -作業療法レジメの書きかた・考えかた(医学書院)
PT・OT・STのための臨床5年目までに知っておきたい予後予測の考えかた(医学書院)
急性期・回復期でおさえておきたい脳卒中作業療法の心得(メジカルビュー社)

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