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【めぐるめくトーク Vol.3】農と土から考える日本の未来『農家はもっと減っていい』刊行1周年記念イベント

農と食が巡り続ける優しい世界をビジョンに、地域のタベモノヅクリ(※)の持続可能なチャレンジの循環を目指して活動している、めぐるめくプロジェクトが贈るトークイベント「めぐるめくトーク」。

今回は、久松達央さんの著書『農家はもっと減っていい』(光文社新書)の刊行1周年を記念して、『土 地球最後のナゾ~100億人を養う土壌を求めて~』を出版している藤井一至さんとのトークセッションを開催しました。第一部では農家の久松さん、土壌研究者の藤井さんから見た日本の農業に関するトークセッションを、第二部では久松農園の野菜を味わう懇親会を行いました。
 ※タベモノヅクリ:めぐるめくプロジェクトで定義している「食の生産・加工」を表す言葉。食べ物+モノづくりの造語。

久松 達央さん

㈱久松農園代表。1970年茨城県生まれ。1994年慶応義塾大学経済学部卒業後、帝人㈱を経て1998年に農家に転身。年間100種類以上の野菜を自社で有機栽培し、DtoC型農業を実践。SNSなどを駆使するソーシャル時代の新しい農業者として、仕掛ける農業を展開中。

藤井 一至さん

土壌研究者。(国)森林総合研究所主任研究員。1981年富山県生まれ。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界、日本の各地を飛び回る。


メディアで農を発信する立場として

 

まず、お互いの書籍の感想を伝え合うところからトークセッションは始まりました。お二人の書籍編集を担当した三宅貴久さん(光文社)を交えて、書籍出版の裏側を語ります。

 まず久松さんから藤井さんの書籍『土 地球最後のナゾ~100億人を養う土壌を求めて~』について、紀行文のような軽妙な語り口が一般人にも読みやすいという感想が挙がります。

久松さん「このわかりやすい語り口は、土壌という研究テーマが一般の人からどう見られているのかまで、理解していないとできないことです。それが藤井先生の魅力でもあると思います。

藤井さん「自分自身、学生時代に土壌の授業で眠り始めてしまう学生を多く見てきたんですよね。だからこそ面白く土の話を伝えたいと考えて、本の中にはたくさんジョークを入れています。面白く読んで、楽しい気持ちになってほしいなと思って書きました。

藤井さんの書籍は2018年に発行され、現在の売上は4万部。毎年増刷がかかり、光文社新書のなかでも売れ筋の一冊となっているのは、わかりやすく面白く伝えようという藤井さんの意識が伝わっているからこそ。

続いて、藤井さんからも久松さんの書籍『農家はもっと減っていい』の感想が。

藤井さん「タイトルにもある『農家はもっと減っていい』という主張がさまざまな具体例とともに記されています。農業は産業であって、農業や農家が抱える現実や、日本の農業の未来に何が予測されるのかということを踏まえて、自分の考えは甘かったなというのを感じましたね。

話題はさらに、「農学を学び書籍を出版する者」という両者に共通する立場について、に移ります。藤井さんは書籍を販売するうえで、久松さんの野菜を販売する姿勢に影響を受けたと告白します。

藤井さん「久松さんは『ドヤ顔で野菜を売る』とおっしゃっています。それと同じで、自分の書籍に自信を持つ、売ろうとする意識を持つことって大切だなと思いますね。自分から周りの人に本を配ったり、SNSで発信したりして、自信があるから売りたいという想いを持って行動していました。」

久松さん「僕も出版の際にはnoteの企画を立てて、販売するところまで考えて、売るところまで責任を持ちたいと思って行動していました。普段農家として、作ったものを売るところまでやっているからこそ、自分が作ったものを売るというところまで責任が取れないと違和感があるので。

藤井さん「久松農園の野菜を買わせていただいた時に、おすすめの料理方法まで書かれていて驚きました。土付きで野菜が届いて、届け方や食べ方まで含めて、まさしく自分の作ったものに最後まで責任を持つという意識を感じました。

書籍も野菜も根底にあるスタンスは同じ2人、大いに盛り上がりました。

土のついた野菜を届ける意味

 久松農園が土の付いた自然の状態で野菜を出荷している話題をきっかけに、日本の農業や野菜の販売方法について話題が移ります。

久松さん「日本で作られている野菜で、自然のまま家庭に届き家庭で調理されているのは金額ベースで考えて、全体の4割しかありません。残りの6割はすべてカット野菜や冷凍野菜向けの業務加工需要になっていて、2023年にはこれが7割になると言われています。つまり我々は調理済みか、半調理されている野菜を食べているんです。

この日本の野菜流通の現状のあとに、食品加工における土の扱いについて久松さんは続けます。

久松さん「食品工場に土のついた野菜を持ち込むことは食品衛生上、基本的にはできません。土がついた自然のまま売りたいという自分のこだわりを通そうと思うと、直販しかできないんです。大きな流通にはのせられなくてもやりようがあるなと。そこはチャンスでしかないと捉えています。

藤井さん「風味の部分で微生物が影響する部分は大きいので、採れたてがおいしいというのはそういう理由があるのかもしれません。風味が変わらないものを届けるというのは、農家の強みにもなりますね。

日本の有機農業の行方

久松農園のこだわりに一部触れたところで、久松農園で行っている有機農業と土について触れていきます。久松さんからは有機農業の大変さ、藤井さんからは日本の有機農業に関する問題点が語られました。 

久松さん「有機栽培という枠組みのなかでどれだけのことができるのかという挑戦として、久松農園ではすべての野菜を有機栽培で育てています。今はきゅうりに苦戦中です。問題としては、アブラムシの駆除が一括でできなくて、害虫の影響を乗り切れないとか、夏場は生育に肥料が追いつかないとかさまざま……。化学肥料でやるとうまくできるのに、有機農業だとできないという経験をすると、有機農業でできるところまでやり切ったなと思いますね。

藤井さん「有機農業って部分でいうと、今は有機物をいくらでも入れていいようになっているんですが、個人的には有機肥料の上限を作らないと本来の魅力が出ないと思っています。有機農業というのは、土の中の微生物が有機物を分解してくれないと、栄養が植物にとって一番吸いやすい状態にならない。農家がどれだけ頑張っても微生物頼みなので、困っているのであれば少しは化学肥料を使ってもいいんじゃないかと思うんです。でも、そうすると今の日本のルールでは有機農業とは認められなくなってしまうんですよね…。もう少し融通を利かせてもいいんじゃないかなと思います。

みどりの戦略についての話題でも、有機農業の課題についてお二人の考えを語ります。

藤井さん「2050年までに有機農業の面積を25%にするという目標が掲げられていますよね。そこを現実的に目指すのであれば、有機農業の定義を広くすることが必要だと思います。」

久松さん「僕もそう思います。厳格に化学物質を使ってはいけないというルールを守ろうとすると、補助金を使って小さな面積で取り組む農家が増えてしまうんじゃないかと憂えています。日本でできるだけいいものを作って、それを日本で消費しましょうっていう考えは間違っていないと思うんですよね。いまのルールだと、日本の気象条件や土地の条件では難しいものが多いので、残念だなと思います。

久松さんは人がどれだけ手を加えるべきなのかという部分について、土を例に挙げて説明します。

久松さん「農業の作土って表層10cmくらいのところでやっているので、そこを改造してしまえば、デメリットのある土でも扱いやすくなるんです。高知はナスのビニールハウス栽培が有名ですが、土を改良しているからこそ栽培できている。土の部分で言えば、人為的な改良は大いにあるので、自然のままの栽培ではないんですよね。

日本と海外の農業の違い

藤井さんが触れた日本と海外の米の価格差の話題から、日本と海外の農業の違いや国の政策の動きに話題は移ります。

藤井さん「久松さんの本を読むまで、日本の気候や土の条件から田んぼが一番適していると思っていたんです。そんな素晴らしい作用がある稲作なのに、米の値段はお米1俵(60kg)が1万円を切っているなんて安すぎて、悲劇だと思っていて。でも久松さんの本には高すぎるって書いてる。めちゃくちゃびっくりして、それも本を読んだ時の驚きのひとつでした。

久松さん「稲作っていうのは規模が大きいほど、メリットが出せるので、効率化してもっと安くしようと思えばできるんです。1俵1万円を切ると生活できない農家は多いのが現状だけど、自然条件としてはもっと安くできる。

藤井さん「実際に日本よりも大規模な農業をしているアメリカやタイでは、お米1俵で3,000円とかでしたね。

久松さん「正直、このままの水田のインフラを維持できるとは思えないです。条件がいいところ以外は継続するのが難しいのが現実なので、何らかのかたちでそれを高く売るような小さいビジネスとして成立させていくしかないと思いますね。

藤井さん「飼料米(畜産飼料向けのお米)を作ると補助金がでるという動きもありますけど、現実的ではないですよね。補助金をつけて輸出するとかのほうがまだ有効じゃないかと思っています。」

久松さん「飼料米に関しては、人によるお米の消費量が減っていて人が食べる市場にお米を出すと値崩れするから、畜産用に飼料米を出しているわけですよね。そもそも畜産向けに改良された米ではないし、何の得にもなっていないなというのが個人的な考えですね……。」

最後に日本の農業が抱える問題をテーマに熱気冷めやらぬなか、トークセッションは終了。会場からの意見や質問を受け付け、議論は延長戦へ。

会場からは有機農業や農林水産省による政策に関する質問があがる

<会場には、久松さん、藤井さんのSNSやイベント告知を見て集まった60名の参加者。農家や農に興味のある一般消費者、藤井さんのファンだという小学生まで参加していました。>

農家であるという参加者からは、現状の有機農業に関する問題提起として「有機物肥料の上限値を設定した方がいいのではないか」という意見が上がりました。

藤井さん「個人的には有機物肥料の使用量上限の問題は感じています。そもそもの動きとしては、畜産用の餌をたくさん輸入して、そこで出てきた牛ふんなどは土で受け止めてくださいという形でした。それをやりすぎて、土が受け止めきれなくなった。だったら有機農業を増やして、微生物に分解してもらおうという考えで、国が有機農業を推進したという動きがあると思っています。有機物肥料の上限を決めるとその本来の目的が達成できないんですよね…。そもそも環境負荷はかけたくないはずなので、地下水の汚染とかを防ぐには上限値をつけるしかないと思っています。有機肥料をまけばまくほど、補助金がもらえるという制度設計では、本末転倒ですよね。

久松さん「本来なら土の有機物の分解能力と畜産餌の輸入のバランスをとらないといけなかったのに、それが崩れてしまっていると思います。溜まりに溜まった有機物がどこにあるかというと都市部の下水汚泥として溜まっているんです。埋め立てられたり、燃やされている有機物の量は、輸入している畜産餌より多いんです。循環型社会にはなっていないですよね。

<他にも、日本と海外の不耕起栽培について、有機農業における除草や、病害から守る難しさについて、食料自給率、気候変動やカーボンオフセットについての質問が上がりました。>

第二部では、参加者は久松農園の野菜を使用した料理と交流を

第二部では、久松農園のナスや赤たまねぎ、ジャガイモを使用したお弁当とかぼちゃプリンがふるまわれました。ドリンクには久松農園が販売している人参ジュースやトマトジュースまで。参加者は交流を楽しみながら久松農園の野菜の美味しさに感動し、農業の話題に花を咲かせ、交流を楽しみました。

 

参加者からはこんな感想が聞かれました。

「農業について当たり前に信じている考えを疑って、さまざまな目線で農業をとらえて、議論して最善策を考えることの重要性を感じました。」 

「久松さんらしい農業への目線を感じました。現場で物事を見て、現場の意見をベースに語られていて、信頼できます。」

専門的な話題も多いトークセッションでしたが、小学生の参加者から「興味ある分野だったので、おもしろかった」というコメントも出るくらい、わかりやすく伝わるイベントになりました。

最後に久松さんから投げかけられた「みなさんがどんな感想を持ったか教えていただいて、さらに議論が深められると嬉しいです」というコメントの通り、話を聞いて終わりにするのではなく参加者の一人ひとりが今後の日本の農業を考えさらなる議論に進んだり、問題意識を持って行動していったりするきっかけになるイベントとなりました。

 

 

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