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【リヨン留学記】8話:リヨンはおいしい?-朝ごはん編-

 留学中はホームステイ先に朝と夜の食事も出してもらっていた。
 リヨンに着いた日に「Megumiは朝ごはんに何を食べるの?」とオディールに訊かれたので、わたしは少し悩んでから「パンとかフルーツかなぁ」と歯切れ悪く答えた。日本にいる時はグラノーラの時もあればココアだけの時もあるし、はたまたゆで卵やオムレツを用意するときもあり、別段ルーティンがなかったのである。さらに「お茶、それともコーヒー?」と訊かれたので、これには迷わずコーヒーと答えた。母がコーヒーばかり飲んでいた人だったからその影響か、わたしも朝にコーヒーを飲まないとどこかしっくり来ないのだ。
 このわたしへのアンケートの結果、オディールはずっとダイニングに置かれたボウルに洋梨やバナナやオレンジといったフルーツとパンを、それから冷蔵庫に生ハムとバター、背の低い食器棚の上にはエスプレッソメーカーにセットするコーヒーのカプセルを用意してくれた。
 朝は家族の中でわたしが一番はやく起きていたので、静まり返った家の中をそっと歩いてキッチンダイニングまでゆき、自分で用意してそれらを食べた。
 レストランで食べる凝った一皿も好きだけれど、フランスのバターと生ハム、そしてパンと洋梨という朝ごはんは、素朴だけれど飽きることもなく心底わたしを虜にした。
 まずバター。バターはスーパーで売られている普通のものだったけれど、日本のものとは風味が全然違う。日本のバターは良くも
悪くも癖がなく口に残らない素直な味だけれど、フランスのバターは独特の香りを持っている気がする。そういえばイタリアもポルトガルもスペインもオリーブオイルの国だけれど、フランスはバターの国だもんなぁと、フランスでソースやお菓子類にバターをふんだんに使う理由がわかる気がした。だって間違いなくおいしいもの。そして生ハムも、これまたスーパーで日本円にして数百円で買えるものだが、脂身がしっとり口の中でとけてゆき、たったの一枚でも濃厚なのである。時々きれいな桜色をしたロースハムも食べさせてもらったけれど、これまたふんわりしっとりとした食感で、脂が口の中で変な残り方をせずとてもおいしかった。
 そして何よりもうれしかったのが洋梨である。
 実はわたしは洋梨が大好きなのだが、日本では一個が高いためタルトやケーキのデコレーションとして載っていない限り滅多に食べなかった。そのためバナナなどのように家庭で食べるもの、というイメージすらなかったのである。けれどフランスだとスーパーでキロ単位が手頃な値段で売られているのだ。
このようにわたしの認識の中では洋梨は贅沢品なので、まず毎朝贅沢な代物を食べられるという時点で「あぁ生きていてよかった」と思わずにはいられないほどの感動である。
 毎朝ボウルから洋梨を一個取ってきて、パンや生ハムを食べおわった皿の上で剥き、ザクザクと適当に切って頬張った。ピスタチオをくすませたようなグリーンも、花のように少し色気のある香りも、平なところに置いてもころんと転がってしまう不器用な形も、どこを切り取っても洋梨って良いなぁとしみじみと思わずにいられない。
 やがてわたしがバナナやオレンジを食べずに洋梨ばかり食べていると察したオディールによって、ボウルにはさらに山盛りの洋梨が積まれるという夢みたいな出来事が起き、わたしはリヨンにいる間中、何十個という洋梨を食べつづけたのだった。 

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