第十一集:因果応報

 灰が散り、声を持たない魔神蚕イビルスピリットシルクワームたちが、枝や葉と一緒に燃え落ちていく。
 子供たちを救おうと集まってきた魔神蛾イビルスピリットシルクモスたちはそのはねを焼かれ、成すすべなく業火を見つめている。
「何を……、何をやっているんですか!」
 わたしは無意識に叫んでいた。自分が思っていたよりも、ずっと大きく悲痛な声で。
「あ? 誰だ、お嬢ちゃん」
「駆け出しの探索者サーチャーです。今すぐにそこをどいてください! わたしが火を消します!」
 大仙針だいせんしんを持ち、駆け寄ろうとすると、別の四人の男性と一人の女性に行く手を阻まれた。
「どいてください! このままじゃ、全部燃えてしまう!」
「だからやってんだよ。もう繭は全部回収済みだからな。害魔獣モンスターは駆除しておかないと。このあともまだ魔窟ダンジョン巡るからよぉ、追われると困るんだよ。害虫に」
「そうそう。虫って気持ち悪いし! 必要な物もらったら駆除しとかないとねぇ」
 六人は嘲笑ちょうしょうした。
 燃えて落ちていく虫たちのことも、虫を護ろうとするわたしのことも。
「が、害虫⁉ 魔神蚕イビルスピリットシルクワームはこちらから攻撃しない限り、人間を襲ったりしません!」
 腕を掴まれそうになり、翠琅すいろうは一歩下がった。
「ちっ。知ってるよ? だから殺してんの。繭盗るときにりあっちゃったからな」
「あのさぁ、お嬢ちゃ……、いや、男か? 駆け出しだからわかんないかもしれないけど、探索者サーチャーってのは効率が大事なわけよ。いちいち害魔獣モンスターを気遣って優しさなんて見せてたら、経費もかさむし、時間もかかる。めしを喰いそびれちまうぜ」
 さも当然というように、燃え盛る大木の数々になおも火をくべていく探索者サーチャーたち。
 わたしは自分でも気づかないうちに涙を流していた。
「効率⁉ 命の方が大事でしょう! それに、燃やしてしまったらもうここでは繭がとれなくなってしまうんですよ! 育んでくれる魔神蚕イビルスピリットシルクワームがいなければ、採取できなくなるんですよ!」
 涙をぬぐいながら必死で叫ぶわたしの姿を見て、初めはニヤニヤとしていた探索者サーチャーたちも、イライラを募らせていった。
「そんなの知ったこっちゃねぇよ。魔神蚕イビルスピリットシルクワームは各地にある魔窟ダンジョン内の桑の木探しゃぁ、大抵いるからな。ここが燃えたところで俺たちは困らねぇんだよ。高価でもどうしても欲しけりゃ、依頼主たちも養蚕業者から買うだろ」
「その通り。心配するだけ無駄だよ、少年。それに、今に始まったことじゃないし。ここの桑の木、去年も焼いたよね? 隊長たいちょー
「おう! あのときは急いでたからな。たぶん、生き残ったやつらがまたここに巣を作ったんだろう。おかげでまた繭が盗り放題だったぜ!」
「そ、そんな……」
 あまりのショックに言葉が出なかった。
「少年のその恰好……、本当に探索者サーチャーなのか? 金持ちいいとこのフットマンって感じがするんだが……、ん? もしかして……」
 隊長、と呼ばれている男は目を細め、何かを思い出すように顎をさすりながらわたしを凝視した。
「もしかして、どこかの蒐集屋敷の所属か?」
「それがなんですか。何か関係あるんですか」
「何耀だ」
「……教えません」
「日耀じゃぁねぇな。あそこはガタイの良い男しかいねぇ。月……、いや、どの耀でもねぇ。基本的に単独行動を許すような耀はないはずだ」
 すると、女性の探索者サーチャーが何かを隊長に耳打ちした。
「……なるほどな、そうか。銀耀ぎんようだな! くそ! やっかいな屋敷の探索者サーチャーに見つかっちまったじゃねぇか。……運が悪かったんだな、俺たちも、少年も」
 空気に緊張感が走った。
 わたしの目の前にいる六人の探索者サーチャーが、武器に手をかけ、隊長の合図を待っている。
「蒐集屋敷ってのはな、俺たちみたいな組合ギルドとは違うが、お互いに暗黙の了解ってやつを意識して仕事してんだ。今回のことも、他のあれこれも『干渉しない』ってな。ただ一つ、その枠から外れたのが、少年が所属している屋敷、銀耀ぎんようだ」
 隊長の男は一歩ずつ下がっているわたしを追い詰めるように、じりじりと近づいてきた。
「ただ、外れてるって言っても、銀耀ぎんようには水耀がついてる。そして、水耀にはほかの耀がついてる。つまり、少年が俺たちのこの所業を雇い主にベラベラしゃべっちまうとかなり厄介なことになるわけよ。『探索者サーチャー組合ギルドの奴らが貴重な資源を破壊したらしい』とな。少年は今、『蒐集屋敷 対 探索者サーチャー組合ギルド』の戦争の火種ってことだ。だから……」
 銃剣を構えた隊長の男が、わたしにその銃口を向けた。
「だから、死んでもらう。まぁ、魔窟ダンジョンにもぐってれば、死ぬことも日常茶飯事だ! みんな納得してくれるだろうよ!」
 低く乾いた爆発音。
 放たれた銃弾は確かにまっすぐとわたしの額に向かって飛んだ。
 が、しかし、その弾は顔の前で純白の輝く糸に絡まり、そして地面にポトリと落ちた。
「少年、魔術師か!」
 隊長の男の「やっちまえ!」の声を合図に、全員が一斉にわたしに襲い掛かってきた。
 背後から飛んでくるボウガンからの矢も銃弾もすべて煌糸こうしで防ぎ、撃ってきた三人の足に煌糸こうしを絡ませ、引っ張って転ばせてから地面に縫い付ける。
 青龍刀による斬撃は大仙針だいせんしんで受け、仙力を使って弾き飛ばし、よろめいたところを大仙針だいせんしんで殴って気絶させておく。
 柄の長い山刀さんとうによる攻撃は後方に宙返りしながら避け、煌糸こうしで絡めて引っ張り、体勢を崩したところを大仙針だいせんしんで殴りつけ、こちらも気絶させ寝かせておく。
 あとは隊長ただ一人。
「な、なかなか強いじゃねぇか。本気だせよ、仙術師。それとも、人間を殺すのが怖いのか? ん? 殺したこと無いんだろう、なぁ、なあ! 俺たちはあるぞ。人間も、魔術師もな!」
 振りかぶった銃剣が振り降ろされた瞬間、姿勢を低くして間合いに入り、大仙針だいせんしんで腹部を強打。
 すぐに背後に回り、よろめいた隊長の右腕を銃剣ごと後ろに捻り上げ、膝を蹴り、跪かせた。
「なんだよ、殺せよ! はやく首を切ればいいだろ! この、殺戮兵器どもが!」
「……それがなんですか? 逆上すると思ったんですか? 残念ながら、歴史の授業でそういったものは習っていますので、今更怒ったりしませんよ。そういう時代じゃないんで」
「くっ、クソガキが!」
 わたしは持ってきていた金属紐ワイヤーで隊長を縛り上げ、その他の仲間たちとロープで繋ぐと、未だパチパチと音を立てながら内側が燃え続ける木に縛り付けた。
「な、やめろ! ほどけ! 何するんだ!」
「大丈夫です。きっとほかの探索者サーチャーのひとたちが通りかかりますし、もう燃え移るほど激しく火はおきていません。ただ、酷い火傷はするでしょうけど。まぁ、魔窟ダンジョンにもぐっていれば怪我なんて日常茶飯事ですよね? みんな納得してくれますよ」
「く、くそが……」
 わたしは熱さと痛みで気絶した六人をよそに、黒焦げになってしまった魔神蚕イビルスピリットシルクワームたちに土と葉をかぶせた。
 埋めてあげる時間はないし、もしかすると他の鬼霊獣グゥェイリンショウたちが食べて栄養にするかもしれない。
 無駄死むだじににはしたくなかった。
「はぁ……。ん? あ!」
 少し遠くの草むらに、三匹だけ、魔神蚕イビルスピリットシルクワームが生き残ってうごめいていた。
 それでも、高い場所から落ちたのだから、怪我をしているはずだ。
 わたしは燃えず残ったわずかな桑の葉を集めてすぐに駆け寄ると、魔神蚕イビルスピリットシルクワームたちの身体をくまなく確認した。
「ちょっと傷があるけど、大丈夫そうだね」
 三匹をまだ若い桑の木のそばまで連れて行くと、葉っぱを敷き、その上に乗せた。
「もう住んでいた木はなくなっちゃったけど、ここは龍脈レイラインの上にある魔窟ダンジョンだから、きっとこの木もすぐ大きくなるからね。探索者サーチャーに気を付けて、強く生きて行ってね。わたしも、あなたたちの兄弟姉妹を少しもらってしまったから、あの人間の探索者サーチャーたちとやってることはほとんど同じ……。本当にごめんね」
 魔神蚕イビルスピリットシルクワームたちはムニムニと動きながらわたしの顔を見ていた。
「じゃぁ、わたしは行くね。燃えているところには近づいちゃだめだからね」
 わたしは逃げるようにその場を後にした。
 繭の中には蛾になろうと一生懸命成長している魔神蚕イビルスピリットシルクワームたちが入っている。
 それを素材のために持って帰るのだから、探索者サーチャーがしていることはみんな同じだ。
 でも、戦意のない無害な生物から、面白半分に命を奪うようなことはしない。
 素材は余すことなくちゃんと使ってくれる人にだけ渡す。
 それだけは、心に留めておきたいと、固く誓った。

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