第五十五話:お盆決戦

 煌々と燃える篝火。
 夏だというのに、それは大量の熱を発しながら、昼間と同じくらい明るく夜の町を照らしている。
 緊張が汗となって流れていく。
 時折吹く涼しい風も、どこか不穏な香りが混じる。
 まるでお互い示し合わせたかのように、それは突然空に輝いた。
「烏羽玉!」
 攻めてきたのだ。この、みやこへ。
「作戦は立てましたが、柔軟に対応してください!」
「いざという時は、作戦を棄て、その時々で最善の選択をお願いいたします」
 隣には透華とうかがいて、見上げれば、竜胆と火恋かれんが飛んでいる。
 まるで、わたしを守るように。
「では、それぞれ配置についてください!」
 都城の中は兄が率いる陰陽術師たちと、僧侶たちが護ってくれる。
 上空北は日奈子長公主とその夫であり烏天狗の次期当主吾黎斗あれいとが率いる烏天狗軍。
 南は火恋かれんが連れてきた地獄の百鬼夜行。
 両親と弟は主上おかみを護衛し、姉は占星術師たちと共に後宮を守ってくれる。
 そしてみやこ正面はわたしと仙子せんし族、竜胆、透華とうかと呪術師たち。
「随分大変なことになってんじゃん、翼禮よくれい
 久しぶりの再会が戦場だなんて、と、笑ってくれたのは、仙子せんし族の友人たち。
「まぁね」
「あれ、彼氏なんでしょ? あとで紹介してよね」
「もちろん」
 呪術師、陰陽術師、僧侶が結界を張り終わってすぐ、数多の鬼火が飛来してきた。
「撃たれてるねぇ。反撃してきていい?」
「どうぞどうぞ。やっちゃって」
 初手、仙子せんし族出陣。
翼禮よくれいさん! すぐに、私も行きますから!」
透華とうかさん! ご武運を!」
 わたしは深く息を吸い、ゆっくりと吐きながら、杖を青龍偃月刀に変え、禍ツ鬼マガツキの軍勢へ切り込んでいった。
「出てこい烏羽玉! わたしはここにいるぞ!」
 山の方から、ものすごい速さで黒いものが飛んできた。
 いや、あれは闇の黒が映っているだけで、本体はあまりに青白く、恐ろしい。
翼禮よくれいぃぃいい! 竜胆ぅぅうう!」
 わたしと竜胆は頷き合うと、空へと飛びあがった。
 烏羽玉が二振りの蕨手刀わらびてとうを持ち、斬り込んでくる。
 互いの武器がぶつかり、激しい風と光が辺りを包んだ。
「私の配下になれば殺さずに置いてやるぞ!」
「誰がなるか!」
「兄上、しつこいですよ!」
 わたしは「仙術、雪魄氷姿せっぱくひょうし空翔くうかケル」と唱えると、氷気ひょうきを纏った。
零度界リンドゥジェ鬼皇子きこうしに冷気で適うと思うてか!」
 わたしは背中から大量の棘薔薇いばらを出すと、そのすべてを凍らせ、烏羽玉に巻き付けた。
「なんだ、私の腕の中に入りたかったのか? 翼禮よくれい
「この身体ごと、お前を貫く!」
 わたしの決意に驚いた烏羽玉は棘薔薇いばらから抜け出そうと体をよじらせたが、もう遅い。
 わたしの腕から出た棘薔薇いばらが、この身体ごと、烏羽玉を貫いていった。
「うあああああああ!」
 黒くどろりとした血液と、わたしの血煙が噴き出した。
 血のぬめりのせいで烏羽玉が棘薔薇いばらから抜け、下へと落ちていく。
 わたしは朦朧とする意識を正常に保つため、これ以上血を失わないために傷を焼灼しょうしゃくした。
「この、小娘がぁああああ!」
 落下途中で意識を取り戻した烏羽玉は、蕨手刀を強く握りしめ、襲い掛かってきた。
翼禮よくれい!」
 間に入ったのは竜胆だった。
 竜胆が持つ刀と烏羽玉の蕨手刀がぶつかり、不快な音が波となって空中を駆け巡った。
「なぜそこまでこの女の味方をするのだ、竜胆!」
「友達だから、家族だからです!」
「お前の家族はこの私だ!」
「あんたは違う!」
禍ツ鬼マガツキは人間にも仙子せんしにもなれぬのだぞ!」
「それでも!」
 竜胆は叫んだ。
「愛するひとたちと共に生きることは出来る!」
 竜胆の刀が、烏羽玉の左の蕨手刀を弾き飛ばした。
「クソガキどもが! 愛だのなんだのと、気持ち悪いんだよ!」
 落ちていったはずの蕨手刀に蔦を絡めた烏羽玉は、それを竜胆めがけて振り下ろした。
「あ……、うわああああああ!」
 竜胆の左腕が宙を舞いながら落下していった。
「あはははは! 兄に逆らうからそういうことになるのだ!」
「う、うぐぅぅう」
 血があふれ出す。
「竜胆!」
 ぶれる視界を整え終わったわたしはすぐに竜胆の腕をつかみ、狩衣から引きちぎった布できつく縛った。
「下がってください、竜胆」
「で、でも!」
火恋かれんの元へ!」
「……必ず、必ず戻ってくるから!」
 わたしは竜胆が安全に逃げられるよう、烏羽玉に斬りかかった。
「そんな身体で私と戦うつもりか、仙子せんし風情が!」
「ここで殺す」
「やってみるがいい!」
「仙術、迅雷風烈じんらいふうれつ地ヲ穿うがツ・改!」
 身体中に電流が駆け巡った。
 それは棘まで巻き込み、わたし自身が巨大な雷のよう。
「美しい、美しいぞ、翼禮よくれい!」
 刃がぶつかり合うたびに紫電が走る。
 電撃は細かな刃となって烏羽玉の肌を引き裂いていく。
「第二陣、呪術師出ます!」
 声が聞こえた。
 愛おしくて、強い声。
「ほう、あいつもいるのか」
「手出しはさせない」
「どうかな? また、胸の真ん中を貫いてやろうか」
「わたしを殺せたらな!」
 わたしと烏羽玉が戦っている間にも、みやこには大量の禍ツ鬼マガツキ凶鬼きょうきたちが襲来してる。
 何かが燃えるにおいが風に乗って空にまで昇ってくる。
 振り返りたい。心配だ。
 見に行きたい。助けに行きたい。
 でも、わたしがそれをしなくていいように、みんなが戦ってくれている。
(どうか、どうか無事でいて……)
「力が入らなくなってきているぞ、翼禮よくれい!」
 わたしは杖を今度は刀に変え、烏羽玉の攻撃を弾きながら斬りかかった。
「くっ!」
 額に一太刀。
 烏羽玉の額から黒い血がドクドクと流れ出た。
「ふはは……、ふはははははは!」
 烏羽玉は自身の血をなめると、大声で笑い始めた。
 そして、袖から何かを取り出すと、わたしに見えるように掲げた。
「これが何だかわかるか?」
 きらきらと輝く宝石のように見えた。
「美しいだろう。これは特別な金剛石だ」
 背筋が冷えた。
「お前は本当に賢いな」
 烏羽玉は金剛石を夜空に掲げると、握りつぶした。
「弟はさぞ悲しむだろう。育ての親が死んだのだからな」
 微かに香る、薫衣草……。
 わたしは心が冷えていくのを感じた。
「な、なぜ、そんなこと……」
 そして、もう一つ。烏羽玉は金剛石を出してきた。
「さようなら、叔母上」
「や、やめろ!」
 パキン、という音。すりつぶされていく煌めき。
「本当なら、父上もこうしてやりたかったが……。偉大なる王の腕の中にいるから無理だった。ああ、そうだ。封印を解いてくれないか? そうすれば、父上も殺せるし、王を取り戻すこともできる」
 絶望。この言葉は、きっと、こいつのことを指すのだ。
 何もあたたかなものを生み出すことが出来ない、冷徹な心。
 育むということを知らない、冷え切った指。
 愛することを否定する、光のない瞳。
「お前は私のお気に入りだ。殺した後、修理して、私の情婦じょうふにでもしてやろう」
 その時、地上から鋭い矢が闇を駆け抜け、烏羽玉の右腕を貫いた。
「ぐあっ!」
 地上を見ると、そこには透華とうかたち呪術師がいた。
「致死節、連理ののろい翼禮よくれいさんは渡さない」
 透華とうかは地上から翼禮よくれいに笑いかけ、「援護します!」と叫んだ。
「こ、小癪な……。く、くそう! 刀が、刀が持てぬ!」
 烏羽玉は右腕が痙攣し、何度掴もうと手を動かしても、蕨手刀は手から滑り落ちていく。
「食料ごときが私に歯向かうなど、絶対に許さぬ!」
 風を切る数多の矢弾。
「致死節、殉死ののろい
「ぐはぁっ」
 烏羽玉は嘔吐し、吐血した。
 蕨手刀を持つ左手までもが震えている。
「な、何を、した」
 わたしは刀を構え、烏羽玉を見た。
「終わりだ」
「こんな、こんなところで……、負けてたまるかぁぁああああ!」
 烏羽玉は蕨手刀を持ち、あろうことか、自分の心臓を貫いた。
「ふはっ……」
 何が起きているのかわからなかった。 
 ただ、次の瞬間、昏い光が烏羽玉を中心に円状に広がり、破裂した。

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