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#映画感想文247『波紋』(2023)

映画『波紋』(2023)を映画館で観てきた。

監督・脚本は荻上直子、出演は筒井真理子、光石研、磯村勇斗、安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙、木野花、柄本明、キムラ緑子となかなか豪華。

2023年製作、120分、日本映画。

わたしは荻上直子監督にちょっと苦手意識を持っていた。プールで泳いでいた小林聡美が突然立ち止まり、唐突に救済されてしまう、あの描写が安直に思えて、これまで何となく避けていた。とはいえ、あの『かもめ食堂』の影響で、ときどき、たまらなくシナモンロールが食べたくなるのだから、映像というのは恐ろしい。

先日、映画館で『波紋』のポスターを見かけ、どろどろ系の韓国映画かなと思ったら、北欧スタイリッシュ系(勝手な偏見)の荻上直子監督作品だと知り、久々に見てみるか、という気になり、行ってきた。

主人公の依子(筒井真理子)は、2011年当時は専業主婦で、夫(光石研)と息子(磯村勇斗)をかいがいしく世話をしていた。放射能漏れのニュースが頻繁に流れるなか、依子は義父の介護をしている。わたしのおぼろげな記憶ではあるが、東京都の水道水にはセシウムが含まれているから飲んではいけないという風説が流れていた。彼女がその水道水で義父にお粥を作り、食べさせていると、その義父が彼女の胸に手を伸ばしてくる。彼女はその手首をねじ伏せる。うーん、冒頭から、地獄。

3.11をきっかけにして、夫は失踪する。その後、彼女は新興宗教にドはまりしていく。「緑命水」という水を大量に買わされ、部屋には大きな祭壇があり、水を置くための部屋まである。その新興宗教の幹部を演じているのが、キムラ緑子で、このキャスティングは最高過ぎる。

義父が亡くなって半年後、失踪していた夫が癌になったと言って戻ってくる。そこから、彼女の生活のリズムが崩れ始める。異物のような夫でも、拒絶はできず、彼女はしぶしぶ迎え入れる。それも一つの波紋である。

波紋は続く。スーパーで働いていると商品に傷がついているから半額にしろ、という滅茶苦茶な客(柄本明)がやって来る。彼女自身、更年期障害に苦しむ。息子が難聴の障害を持った六歳年上の彼女を突然連れて来る。自作の静謐な枯山水の庭に隣家の猫が足跡をつける。

人生はままならない。いい人でなんかいられないけれど、悪人ではない。依子は、悪意と苛立ち、寂しさと優しさを抱えた人間らしい人間で、拍子抜けするほど驚いた。監督にストレートの剛速球を投げられたような気がした。(わたしは野球のルールを全然知らないのに、野球のメタファーはときどき使いたくなるから不思議だ)

夫が亡くなると、彼女は新興宗教の道具一式と水をきれいさっぱり捨ててしまう。夫は彼女から逃げたかもしれないが、彼女は夫の死によって、ようやく解放されたのだ。最後に快晴の大雨の中、一心不乱に喪服でフラメンコを踊る依子は圧巻だった。あれは弔いなのか、あるいは祝祭か、再生か。

新興宗教とは便利な装置なのだ。信仰という共通点から出来上がったコミュニティには簡単に入れる。即席の共同体は、地縁と血縁がなくても、金さえあれば入れる。容姿も才能も年齢も問われず、努力も要らない。だから、寂しい人は簡単にはまってしまうと思う。人間は、寂しさを感じやすくできているのだから。依子だって、緑命水を信じていたわけではない。彼女がほしかったのは「居場所」なのだ。

非常に今日的な、2023年の作品を観られて満足している。

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