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星が見ていてくれるから

 趣味を通じて知り合った友人はだいぶ年上だけど、互いに年齢を意識することなく、緩やかな友情が続いている。
 数年前、北海道・函館に住む彼女を訪ねて、一緒に五稜郭タワーに登った。互いの近況を報告し合った時、彼女は怒りと興奮の様子だった。つい数日前、ご主人が彼女に「これからは俺の好きにさせてもらう」と告げたという。

 ご主人は音楽関係の芸術家。夫婦の一人息子の大学卒業までは、家族の生活のために収入重視で仕事をしてきた。しかし、息子の就職が決まり、今後は収入の多寡を考えずに、自分のやりたいことに専念するという宣言だったらしい。
 一方、彼女にしてみれば、自分の時間はずっと後回し、慣れない土地で子育てに奮闘し、仕事も頑張ってきた。「これからは好きにさせてもらう」と宣言したいのは、むしろ自分だと言う。「来年の銀婚式を前に、心機一転しようかしら」とさえ。

 私も、夫と意見が食い違って理不尽な思いをする時はあるけれど、結婚20年選手にできるアドバイスなどない。展望室から降りて目に入った、可愛いジェラートのお店に誘うことしかできなかった。

 「「ミルキッシモ」のジェラートはおいしくて、主人も息子も大好きなのよ。」という彼女からは、もう怒りの色は消えていた。
 「どうしても辛い時は、いつも一人でタワーに登って、星を眺めてきたの」と。展望室から見る星は、季節ごとに色を変えて美しいのだと言う。何度も季節を巡って彼女を励ましてきた星は、この日も理不尽な思いや怒りを吸いとってくれたのだろう。

 彼女の横顔からのぞく目尻の皺は浅くはないけれど、とても美しかった。函館で積み重ねてきた時間の長さと、街の温かさを表していた。