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ayumu aizawa
2016年10月5日 07:55
海まで来てみると、海はすべてアメジストセージで、音もなく波うっていた。海原は草原のようだった。水のないみずぎわをしばらくあるいた。暗い雲が激しく流れていた。靴を脱いでアメジストセージの浅瀬に入っていった。アメジストセージの毛糸のような花が素足をなぜてからひいていった。 #おはなし #小説 #短編
2016年10月4日 21:21
秋の夜、虫が銀河みたいに鳴いていた。ある虫が言った。人間はよく知らないのに、誰かのことを嫌いになったりするね。話してみたら印象が変わることもあるのに。未来のことも、よく知らないのに、怖がったりするね。生きることはよく知る旅なのに。そう言ってまた銀河みたいに鳴きだした。 #小説 #短編 #おはなし
2016年10月2日 19:31
クマは、日曜の朝、ちかくの秋の薔薇園に行った。帰ってきて、薔薇園のこと考えながら、お風呂場をごしごし洗った。月曜、薔薇園のことを考えながら仕事をして、家に帰ってきて、薔薇園のことを考えながら眠った。クマにも世の中にも相変わらずつらいことが起きたが、クマは薔薇園のことを考えていた。 #おはなし #短編 #小説
2016年9月29日 07:21
秋のテーブルで、手紙を書くのが上手くないクマが、手紙を書いていた。やはり、あまり上手く書けなかった。クマはしぶしぶ手紙を封筒に入れ、ふむ、と考えたあと、活けてあるバラの実を切って封筒にむぎゅと入れた。いびつにふくらんた封筒をクマはポストに入れた。クマは手紙を書くのが上手くない。 #短編 #おはなし #小説
2016年9月23日 06:07
夜明けに窓辺でねこが言った。私は昨日の私とは違うから気安くしないで。ティムウォーカーの写真の女の子が言った。私もよ。昨日の不幸は昨日で終わり、昨日の幸せは昨日で終わっていた。今日は未だ不幸でも幸せでもなかった。私は昨日の不幸にも幸せにも甘えるわけにはいかなかった。 #小説 #短編 #おはなし
2016年9月22日 06:18
幽霊列車の食堂車できのこのスープを飲んでいる。若い幽霊のウエイトレスが、あら、雨、とつぶやいた。窓の外は白夜の森が続き、朝の雨が窓に降りかかった。わたしは、わたしがもう幽霊なのだから、悲しむこともないんだな、と思い、ほっとしてきのこのスープを飲みながら、朝の暗い雨を眺めた。 #短編 #おはなし #小説
2016年9月20日 23:59
嵐の夜、きつねは世界と仲直りできないままでいた。ベランダの植物をしまい忘れたが、おれもびしょ濡れだしな、と思った。パチンコ屋の幸福も夜のバスの幸福もとても眩しく見えた。ファミレスのコーヒーの湯気に隠れてしまいたかった。深夜。雨はあがり、雲が切れた。世界はただ仲直りを待っていた。 #小説 #おはなし #短編
2016年9月20日 20:06
子ぐま社の面接で言われた。基本的に子ぐましか募集していないんです。わたしはくいさがった。詩だけでもみていただけませんか。数日後、採用の通知が届いた。短い文が添えてあった。「あなたは子ぐまではありませんが、あなたの子ぐま的な部分にとても期待しています。」 #短編 #小説 #おはなし
2016年9月20日 05:55
天国に行く前にある真っ暗な部屋へ通された。こちらで、一応、あなたの人生をご確認いただきます、と言われた。外がぱっと明るくなり樹々があらわれた。まるで誰かのような、いままでの出来事のような樹々。複雑で難解で風にさざめきつらなる森。わたしは答えた。はい、これがわたしの人生です。 #短編 #おはなし #小説
2016年9月19日 05:43
毎朝、子ぐまが、わたしにプレゼントをくれる。家の前に置いてある。いつも丁寧に包装されている。中身は今日という1日。わたしは毎日、子ぐまがくれた1日を大事に生きる。つらい時も、せっかく子ぐまがくれたので、よい日にしようと思う。 #小説 #短編 #おはなし
2016年9月18日 03:41
人生が終わる秋のはじめ、孫とドライブ。昔よく行った湖への道。山道に、リンドウが咲いていて、孫がクルマを停めて摘んでくれた。もし誰かにどんな人生だった?と聞かれたらこう答える。「恋をしていました」。手元には、ひと束のリンドウ。 #おはなし #小説 #短編
2016年9月14日 06:47
名前のついていない世界の明け方、名前のついていない花が咲こうとしていた。名前のついていない鳥が花の朝露を少し飲んだ。名前のついていない男の子が名前のついていない女の子の夢を見て目覚めた。男の子の気持ちにまだ名前はついていなかった。 #おはなし #短編 #小説
2016年9月13日 22:52
絶望しているわたしの肩でちいさな天使が指揮を始めた。電車がスタッカートで走しり、ダリアはト長調で咲いた。バッタのコンマスがバイオリンを奏で、潮騒のフィルハーモニーがあとに続いた。耳許で、天使が言った。さ、あとは、あなたが歌うだけ。 #おはなし #小説 #短編
2016年9月8日 23:01
天国のドアを開けたところで、きつねは神様に聞かれた。おまえはいままでの人生を無駄だったと思うか。きつねは答えた。思いますね、無駄だらけ、でもね、仕方ないんですよ、なにしろ恋をしていましたから。そう言ってきつねはドアを静かに閉めた。 #短編 #おはなし #小説