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短いおはなし

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短いおはなし
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#短編

毛糸。

毛糸。

海まで来てみると、
海はすべてアメジストセージで、
音もなく波うっていた。
海原は草原のようだった。
水のないみずぎわをしばらくあるいた。
暗い雲が激しく流れていた。
靴を脱いでアメジストセージの浅瀬に入っていった。アメジストセージの毛糸のような花が
素足をなぜてからひいていった。
#おはなし #小説 #短編

よく知る旅。

よく知る旅。

秋の夜、虫が銀河みたいに鳴いていた。
ある虫が言った。
人間はよく知らないのに、
誰かのことを嫌いになったりするね。
話してみたら印象が変わることもあるのに。
未来のことも、よく知らないのに、
怖がったりするね。
生きることはよく知る旅なのに。
そう言ってまた銀河みたいに鳴きだした。
#小説 #短編 #おはなし

クマは薔薇園のことを考えていた。

クマは薔薇園のことを考えていた。

クマは、日曜の朝、
ちかくの秋の薔薇園に行った。
帰ってきて、薔薇園のこと考えながら、
お風呂場をごしごし洗った。
月曜、薔薇園のことを考えながら仕事をして、
家に帰ってきて、薔薇園のことを考えながら眠った。
クマにも世の中にも
相変わらずつらいことが起きたが、
クマは薔薇園のことを考えていた。
#おはなし #短編 #小説

クマは手紙を書くのが上手くない。

クマは手紙を書くのが上手くない。

秋のテーブルで、
手紙を書くのが上手くないクマが、
手紙を書いていた。
やはり、あまり上手く書けなかった。
クマはしぶしぶ手紙を封筒に入れ、
ふむ、と考えたあと、
活けてあるバラの実を切って
封筒にむぎゅと入れた。
いびつにふくらんた封筒を
クマはポストに入れた。
クマは手紙を書くのが上手くない。
#短編 #おはなし #小説

私は昨日の私とは違うから。

私は昨日の私とは違うから。



夜明けに窓辺でねこが言った。
私は昨日の私とは違うから気安くしないで。
ティムウォーカーの写真の女の子が言った。
私もよ。
昨日の不幸は昨日で終わり、
昨日の幸せは昨日で終わっていた。
今日は未だ不幸でも幸せでもなかった。
私は昨日の不幸にも幸せにも
甘えるわけにはいかなかった。
#小説 #短編 #おはなし

幽霊列車

幽霊列車

幽霊列車の食堂車できのこのスープを飲んでいる。
若い幽霊のウエイトレスが、
あら、雨、とつぶやいた。
窓の外は白夜の森が続き、
朝の雨が窓に降りかかった。
わたしは、わたしがもう幽霊なのだから、
悲しむこともないんだな、と思い、
ほっとしてきのこのスープを飲みながら、
朝の暗い雨を眺めた。
#短編 #おはなし #小説

きつねは世界と仲直りできないままでいた。

きつねは世界と仲直りできないままでいた。

嵐の夜、きつねは世界と仲直りできないままでいた。
ベランダの植物をしまい忘れたが、
おれもびしょ濡れだしな、と思った。
パチンコ屋の幸福も夜のバスの幸福も
とても眩しく見えた。
ファミレスのコーヒーの湯気に
隠れてしまいたかった。
深夜。雨はあがり、雲が切れた。
世界はただ仲直りを待っていた。
#小説 #おはなし #短編

基本的に子ぐましか募集していないんです。

基本的に子ぐましか募集していないんです。

子ぐま社の面接で言われた。
基本的に子ぐましか募集していないんです。
わたしはくいさがった。
詩だけでもみていただけませんか。
数日後、採用の通知が届いた。
短い文が添えてあった。
「あなたは子ぐまではありませんが、
あなたの子ぐま的な部分にとても期待しています。」
#短編 #小説 #おはなし

天国に行く前に通される部屋。

天国に行く前に通される部屋。

天国に行く前にある真っ暗な部屋へ通された。
こちらで、一応、
あなたの人生をご確認いただきます、
と言われた。
外がぱっと明るくなり樹々があらわれた。
まるで誰かのような、
いままでの出来事のような樹々。
複雑で難解で風にさざめきつらなる森。
わたしは答えた。
はい、これがわたしの人生です。
#短編 #おはなし #小説

毎朝、子ぐまがくれる。

毎朝、子ぐまがくれる。

毎朝、子ぐまが、わたしにプレゼントをくれる。
家の前に置いてある。
いつも丁寧に包装されている。
中身は今日という1日。
わたしは毎日、子ぐまがくれた1日を大事に生きる。つらい時も、せっかく子ぐまがくれたので、
よい日にしようと思う。
#小説 #短編 #おはなし

手元には。

手元には。

人生が終わる秋のはじめ、孫とドライブ。
昔よく行った湖への道。
山道に、リンドウが咲いていて、
孫がクルマを停めて摘んでくれた。
もし誰かにどんな人生だった?
と聞かれたらこう答える。
「恋をしていました」。
手元には、ひと束のリンドウ。
#おはなし #小説 #短編

まだ、名前のついていない世界の明け方。

まだ、名前のついていない世界の明け方。

名前のついていない世界の明け方、
名前のついていない花が咲こうとしていた。
名前のついていない鳥が花の朝露を少し飲んだ。
名前のついていない男の子が
名前のついていない女の子の夢を見て目覚めた。
男の子の気持ちにまだ名前はついていなかった。
#おはなし #短編 #小説

あとはあなたが歌うだけ。

あとはあなたが歌うだけ。



絶望しているわたしの肩で
ちいさな天使が指揮を始めた。
電車がスタッカートで走しり、
ダリアはト長調で咲いた。
バッタのコンマスがバイオリンを奏で、
潮騒のフィルハーモニーがあとに続いた。
耳許で、天使が言った。

さ、あとは、あなたが歌うだけ。
#おはなし #小説 #短編

いままでの人生を無駄だったと思うか。

いままでの人生を無駄だったと思うか。

天国のドアを開けたところで、
きつねは神様に聞かれた。
おまえはいままでの人生を無駄だったと思うか。
きつねは答えた。
思いますね、無駄だらけ、
でもね、仕方ないんですよ、
なにしろ恋をしていましたから。
そう言ってきつねはドアを静かに閉めた。
#短編 #おはなし #小説