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パラダイス3/3

街でそれをみかけても、まるでテレビでも見てるみたいに現実感を感じなかった。僕とゆか姉の間に存在する半透明の薄い膜が、感情を遮断し、麻痺させ、まるで自分が心という物を持たない人形かロボットになったかのような錯覚を植え付ける

知らない大人の男と歩くゆか姉。
恋人ではない事は一目見ていやおうもなく理解できてしまう。男の腕を取り、しだれかかり僕の知らない女の顔をするゆか姉。僕の知らない世界。僕の知らない女。僕の中にあった思い出は、無邪気に笑う天使みたいに屈託ない笑顔は、色あせ、陰り、暗い場所へ泥没していく
膜のかかったままの頭で僕の体は自分の意思と関係なく自動的に動き、ゆか姉と知らない男の後を尾行する。
ゆか姉と、親子みたいに年の離れすぎた知らない男は辺りを伺うみたいにこそこそとホテルに入っ手僕の視界から消えて行った。


それから毎日僕はゆか姉の後をストーキングした、何を思い、何を考えて行動しているのか自分でも理解できていなかった、全自動で動き続ける僕の目の前でゆか姉は繰り返し男とホテルに消え続け、そうして僕はといえば、男に抱かれるゆか姉を想像して自慰行為にふける。繰り返し繰り返し
数えきれないほど何回も、数え切れない程たくさんの男とホテルに消えて行ったゆか姉。
僕は何も感じてはいなかった。笑ってしまうくらい何も。

変わってしまったのは
汚れてしまったのは
ゆか姉だけじゃないから、僕には彼女を軽蔑する資格すらない。


幼い頃の僕たちはただ何も知らなかっただけだ、ただ未熟だっただけだ、ただただ愚かだっただけに過ぎない。
僕の想いも、ゆか姉の笑顔も、あの日の約束も、二人が変わったわけじゃない、思い出が無くなっったわけですらない、そんなものは最初から存在しなかった。全部無意味だ
全部幻にすぎない

だから僕は悲しまない。何も感じない。

いつものように僕はゆか姉と男の後を尾行する。
どこにも行けない。何も変わらない。
呪文のように呟いてポケットの中の右手を握り締める。
幼いあの日ゆか姉と約束を交わした日から、その日を僕はずっと待ち続けていたいた。
例え幻の約束だとしても。

ゆか姉がいつものように、ホテルに消える間際、僕は前のめりに走り出す。もつれる足で奇声を挙げて倒れこむみたいに前を歩く男の背中に体ごとぶつかっていく。ドスンというにぶい音。
男が後ろを振り向く、
僕の手は自動的に動き、男は声を上げる。
男の隣りにいたゆか姉も振り返る。
ゆか姉と僕の視線が交錯する。
僕の手は動く、素早く、まるで右手独自が意思を持っているように、右手が動く度に、男は呻き、僕の右手と、右手に握られた銀色が、赤く染まっていく。
ゆか姉はその場に座り込みがおびえたような目で僕を見つめる。

「違うんだ」

僕は呟く。


怯えないで、ゆか姉、僕はただゆか姉を助けたいだけなんだ、怖がらないで、お願いだからそんなめで僕をみないで、ゆか姉を傷つけたりしないから、僕がゆか姉を守るから、ねぇ、約束おぼえてる?一緒に遠いところに行こうって、ここじゃないどこか、遠い場所、苦しみも悲しみもない、あの二人で過ごした夏の日みたいな、終わることのない楽園、約束したでしょ、ね、一緒に行こう?

怯えきってしまっているゆか姉に、赤く染まってない左手をさしだす、赤く染まった僕の手を見て恐怖でゆがんだ顔が震えながら左右に振られる、「お願い…たすけて…いや…」、泣きながらゆか姉は懇願する。ゆか姉。違う。違うんだ。ぼくはゆか姉を助けたいだけなんだ。怖がらないで、信じて欲しい。二人が交わした約束。偽物の誓い。それでも僕はずっと信じていたんだ。信じてるんだ。信じたいんだ。二人で楽園に行こう。ここではない場所。きっといける。ねぇそうでしょ?ぼくはゆか姉をまっすぐ見つめ。そうして笑いかける。しばらく逡巡してゆか姉の手が弱々しく震えながら僕の手に触れる、僕はゆか姉の手を握りしめ、自分の方へ引き寄せる、意思を持った右手が全自動で前に突き出される、にゃるゅんという音がして僕のナイフはゆか姉の眼球に吸い込まれて行く。
違うんだ。違う。違うよ。違うんだ。

掴まれて逃げることも出来ないゆき姉を僕は刻みつづけた。

違う。違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。違うんだ。


血だまりの中、穴だらけになったゆか姉はひどく醜かった。僕の好きだったゆか姉はやっぱりここにはいないのかもしれない。僕とゆか姉と、知らない男を囲んで遠巻きに人垣が出来ている。遠くの方からサイレンの音が近付いて来る。
どうすればいいかは右腕が知っている。
左腕ににぶい痛みが走り、ブチブチという肉の裂ける音がする。
ゆか姉の血、僕の血、知らない男の血、ゆか姉のスカート周辺に漏れ出した黄色い液体が混じりあって、真夏の強い太陽の光をキラキラと反射している。

ねぇ、ゆか姉。
約束おぼえてるかな?

僕にはわかったんだ。

僕たちはまた出会う、そうしてここではないどこか

本当の楽園にきっといける

だってそれが二人の約束だから

僕にはわかってるんだ

あの日夢見たみたいなパラダイスで



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