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パラダイス1/3

「あれー。アキじゃん?」

懐かしい声にいきなり後ろから呼ばれて胸の鼓動が跳ね上がった。
アナウンサーみたいにかつぜつの良い、山深い源流から湧き出す湧水みたいに涼しげで清涼感のある話し方。
茶色く染めた髪も、似合わない派手な化粧も、頭の悪さを露呈するみたいに短いスカートも、昔のおもかげはどこにもなくなってしまったけど声だけはあの頃と変わらない。

なるべく感情がわからないよう、なんでもないみたいにゆっくりと振り替える。
ゆか姉だ。
こうして正面からゆか姉をみるのはいったいどれくらいぶりだろうか。

「ひさしぶりじゃん。なにしてんの?」

「立ち読み」

それだけ答えてまた読んでいた漫画雑誌に目を戻す。
ゆか姉は僕の読んでいた本を覗き込むと

「あー。これ。昔アキん家で読んでたやつじゃん。」
そう言って僕から本を取り上げた。

ふーん。とか。へー。とか言いながらパラパラとページをめくる。

「アキはさー、ほっといたら漫画ばっかり読んでるんだからさー。たまには外に出たりしないとダメだよ」

いいながら。昔よくやったみたいに僕の頭をガシガシとなでる。
家に籠りがちな僕を強引に引っ張ってつれ回した冷たくて小さな手。

僕は無言でゆか姉の手を強くはねのける

「痛っ!ちょっと何?」

ヘラヘラ笑ってた表情が一変して眉間にしわを寄せ不快そうに僕を睨む。

僕は何も答えずじっとゆか姉の顔を見つめる。

今まで一回もみた事もない
敵意に溢れたゆか姉の表情

「なんなの?」

吐き捨てるみたいに。

昔からゆか姉はこんな醜い表情が出来る人間だったんだろうか?
ただ僕が子供で気付かなかっただけなんだろうか。
目の前の女からは安っぽい香水の香りがした。


コンビニを一歩出るとうだるような暑さが僕を飲み込んだ。
すべてを焦がし尽くそうとする太陽とまとわりつくような生温い空気。
あぁ。また夏が来たんだ。と。僕は今更のように気付く。

あの暑い夏、海や山、近所の空き地、学校裏の暗い雑木林、合成着色料のたくさんはいった色鮮やかなアイスをたべながら、僕とゆか姉はいつも一緒だった。

思い出の中の屈託なく笑う彼女と僕を睨み付けた彼女を交互に思い返してみる。
彼女は僕の知らない場所で僕の知らない大人になって、僕だけが相変わらず独りぼっち同じ場所にすがりついている。


ねぇゆか姉?
僕を置き去りにして君が新しく手にした世界はそんなに素晴らしいものなの?
今君は幸せなの?
僕にはどうしたってそうは思えない。

「この前街で歩いてるゆか姉を見たんだ」

言おうとして言えなかった言葉

僕の知らない世界でゆか姉が何やってるか僕は知ってしまっている


黒いアスファルトが太陽から吸収した熱を容赦なく放射している。地面では干からびたミミズを蟻達が必死にはこんでいた。

僕はどうすれば良いのだろう?
何処に行けばもう一回あの頃のゆか姉に会うことが出来るんだろう?


僕は祈るような気持ちでまだあの暑い夏の思い出にしがみついている。

僕の知ってる彼女はもう何処にも存在しないのかもしれないけれど。


続く

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