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とーる君。と アキコさん。


【サイド:とーる君】

窓から吹く風に
オーロラみたくカーテンがはためいて
白いカーテンに写し出された
アキコさんの影法師が
黒く
小さく
揺れる

アキコさんは
騒がしい俗世のよしな事とは無縁と言った風情で
いつも一人
窓の外から遠くを見ている

大声で騒ぐクラスの女子たちとはまるで違うクールで大人びた、どこか神秘的な雰囲気の女の人だった


僕はずっと前から
そんなアキコさんに興味を持っていて
彼女と一緒に日直当番をする前日などは
遠足に行くのが待ちきれない子供のように
ソワソワしした心もちになり
どうにも眠れないよるをすごした

一緒に日直の仕事をこなすさいも、相変わらずアキコさんは、俗世との関わりを避ける浮き世人のような塩梅で、僕がとりつくひまなど微塵もなく、ただ時折、他人行儀で事務的な会話が
よれよれの紙ヒコーキみたいに
力なく二人の間を飛び交うだけだった。

日誌を先生に提出すれば日直の作業も終わりである。
僕がお湯でゆがきすぎたホウレン草よりももっとしなびた心持ちで、日誌にてを伸ばすと、同じように日誌を手にしようとしてしていたアキコさんの手に触れてしまった。

ごめん。僕がそういうより前に座っていたアキコさんがまるでからくりで出来た自動人形みたいにピョコンと立ち上がり

「ご、ご、ご、ご、ご」

などと漫画に出て来る人間みたいにわかりやすく狼狽してみせたので、こちらのほうがびっくりしてしまう、

ご?

僕が尋ねると、リンゴのような真っ赤な顔でうつむいて、とても小さな声で何やらゴニョゴニョと呟く

どうやら手が触れた事に付いて謝っているらしい。
あれ?
と僕は思う。


それから僕はアキコさんと色々な事を話すようになった。といってもほとんど僕が一方的に喋り、アキコさんは興味なさげな顔で例の力ない紙ヒコーキのような相槌を返す。というような事が多かったのだけれど。

時折、(例えばアキコさんは好きな人はいないのか?等と僕が尋ねると)アキコさんはあの日直の日のように真っ赤になってうつむいててしまった。
僕はそんなアキコさんを見るのが楽しくて暇があればアキコさんに話しかけるようになった。


昼休み誰もいない屋上。アキコさんがポケットから煙草を取り出したので僕はびっくりする


煙草なんて吸うのか?
と僕が尋ねると「まあね」と何でもない事のようにアキコさんは答えた。さすがアキコさんだ。と変な感心の仕方をして、僕も一本だけ分けてもらう。
煙を一回胚の中にまで吸い込んでから吐き出すのだとアキコさんが教えてくれるので言うとおり煙を吸い込んだら、むせて、思いっきり咳き込んでしまった。みっともないところを見せてしまったと恥ずかしくなって隣りを見るとアキコさんも僕と同じようにケホケホと咳き込んでいた。
呆れた様子で僕がアキコさんを眺めているのに気付くと。
ね?
と、照れた顔でわけの分からない同意を求めて来たので、僕はおかしくって大笑いをしてしまう。


相変わらずアキコさんは一人っきり
窓の外を眺めている事が多い
雪のような白い肌に
夜の闇を集めたような黒髪
どこか人を寄せ付けない憂いを帯びた後ろ姿


表立ってちょっかいを出す事はなかったけど、決して自分から回りに溶けこもうとしないアキコさんをこころよく思ってない女の子達はたくさんいた
そうしてそれ以上にミステリアスな彼女にひかれる男子はたくさんいたらしく、僕の知るだけで10人以上の男が彼女に告白し、あえなく玉砕したらしい。
口さがない女の子達の噂話いわく、
「年上の大学生と付き合ってて、高校生などガキっぽくて相手にしない」だの
「大人しい顔して、大人の男性と遊びまくってる」
だの。
それは悪意に満ちた中傷に過ぎないけど、アキコさんに好きな人がいるというのはきっと本当なんだろう。

「好きな人はいないのか」と僕に問われて真っ赤になってしまったアキコさん。それはつまりそうゆう事なんだろう。

アキコさんが思いを寄せる男の事を思うと
胸の中が真っ黒に染まっていく

退屈な授業中。
背中に誰かの視線を感じて振り向くとアキコさんと目が合う。
僕と目が合うとアキコさんはすぐに目を逸らして真っ赤になってうつむいてしまう


アキコさんは
クールではないし
大人びてもいないし
ましてや神秘的でも何でもない

クラスの誰も知らない

子供っぽく
真っ赤になって照れる
可愛らしい
アキコさん

それが僕だけのものにならないのがどうしてこんなに辛く苦しいのか判らない。

アキコさんは笑う。
無防備に。
照れたように。

僕も笑う
少しだけこわ張って
叶う事も、
報われる事もない
暗黒の気持ちを抱えたまま

「あいしてる」

決して届かない気持ちを抱えたままで



【サイド:アキコさん】

ラズベリーの匂いがした
いや
ブルーベリーだったかもしれない

教室に入ってきたとーる君のシャツは真っ白で
ホモジナイズされた牛乳のようで
わたしはくらくらしてしまう
フェロモン
ドーパミン
過剰分泌

とーる君は魚のように引き締まった体と
黒真珠みたいな眼を持っていた
一緒に日直をやると
わたしはいつも黒焦げになった
精神的に

とーる君の身体からはきっと
レーザー・ビームが出ていたんだろう

放課後の教室で
廊下で
階段で
とーる君はよく喋った
たまに煙草をすった
二人で
同じライターで

保健体育で
発毛について習ったとき
わたしは斜め前のとーる君を
どきどきしながら見つめてしまった
とーる君の
柔らかに発毛している場所を触りたい
という狂おしい切望
とーる君が振り向いたから
慌てて眼を伏せた

じゅ、
と額が焦げた


あれは
二学期の終わり
夕暮れの土手だったろうか
生理痛に耐えながら帰宅していたわたしは
とーる君の気配を感じて振り返った
実際
あの頃のわたしには
一キロ先からでも
とーる君の気配を
察知できる能力があった

確かに
とーる君は歩いていた
長い睫毛を伏せて
少々 前傾気味の姿勢で

ずいぶん綺麗な花束を持っているな
と思ったら
それは華奢な可愛い女の子なのだった
脊の低い白銀色の雛菊
みたいな

とーる君の骨張った左手は
彼女のまろく膨らんだ肩に回されていた

とーる君の真っ白いシャツは
彼女のほそうい腰と密着していた

込み上げてくるものを感じて
二人が顔を上げる前に
わたしは土手を駆け降り
川べりにしゃがんで吐いた
何度も

涙が止まらなかったが
それはきっと嘔吐のためだろう

二人が後ろを通りすぎるとき
ラズベリーの匂いがした
いや
ブルーベリーだったかもしれない

すべてが完全に終わったとき
わたしはブレザーのポケットから
よじれたマルメンの箱を取り出して
立て続けに五本すって

あいしてる
三回呟いてみる

二回は心のなかで
一回は口にだして

わたしの
あいしてる
空中に暫く漂ったのち
跡形もなく消えていった

苦笑しながら土手をあがると
子宮がぎゅ、
と音を立てて縮んだ






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