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行政もスタートアップのリスキリング支援に期待!リスキリング事業が注目された背景とは【スタートアップ×組織人事コラム #1】

「スタートアップ×組織人事コラム」とは、マーサーの有志が運営するスタートアップ企業向けの連載コラムです。組織・人事フィールドで長年蓄積したノウハウをもとに、企業成長をサポートする情報を発信していきます!

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昨今、「リスキリング」への注目が高まっています。世界的な討議の場であるダボス会議(※1)では、2020年にリスキリング革命が主要な議題に上がり、2022年10月には、日本政府が大規模なリスキリング支援を実施すると発表しました。

具体的には、構造的な賃上げの実現に向けて「賃上げと労働移動の円滑化、人への投資という3つの課題の一体的改革を進める」と主張。人への投資という文脈で、リスキリング支援に1兆円を投じると表明しています。

この流れを受けて、東京都では「スタートアップを活用したリスキリングによる中小企業デジタル化支援(※2)」を打ち出し、リスキリングに先進的知見を有するスタートアップに期待を寄せています。

今後もリスキリングを巡る社会的な動きは活発化すると見込まれており、スタートアップのみならず、多くの企業でその必要性を認識し始めているタイミングです。

本記事では、リスキリング事業に注力するスタートアップ事例を取り上げつつ、リスキリングが必要とされる背景や、現状の課題を整理します。リスキリング事業に参入を検討しているスタートアップ企業の参考になれば幸いです。

※1:スイス・ジュネーブの非営利財団である世界経済フォーラム主催の年次総会。世界の政治家や実業家が集まり、世界経済や環境問題などを討議するもの。
※2:東京都『スタートアップが提供するリスキリングメニューで都内中小企業のデジタル化を推進します

リスキリング事業に注力するスタートアップ事例

はじめに、リスキリング事業で注目を浴びているスタートアップ「Udemy」の事例を取り上げます。Udemyとは、2010年設立の教育系ユニコーン企業である米国法人Udemy,Incが運営するオンライン教育プラットフォームです。日本では株式会社ベネッセコーポレーションが事業提携を行い、法人向けサービス「Udemy Business」の販売窓口となっています。

岸田政権がリスキリング支援を表明した2022年から2023年にかけて、社会人のリスキリングの認知度は23%から56%と倍増し、Udemy Businessの導入企業は1000社を突破(※3)。また2023年、同社はAI活用を得意とするグローバル人材情報ソフトウェア企業SkyHive Technologies Holdings Inc.へ1000万米ドルの出資を行いました。

今後は、SkyHive社の持つAI技術を生かし、Udemy内のデータを分析・可視化しながら企業のリスキリングおよびタレントマネジメントを一気通貫で支援する方向性を示しています。

※3:株式会社ベネッセホールディングス ―社会人の学び・リスキリング最新トレンド2023ー

リスキリングが注目される背景

そもそもリスキリングに注力する企業が増えている背景には、経済・社会構造の変化が起因していると考えられます。

外部環境の激しい変化が続く中、多くの企業では事業構造の大幅な転換に伴い職務の見直しを進めています。職務の見直しを行う過程で今後の事業戦略に結び付く職務および求められるスキルに対し、従業員が現在保有するスキルが不足していることが判明。その結果、リスキリングの必要性が議題に上がるようになったのです。

従業員のリスキリングがうまく進まなければ、各職務に必要とされるスキルの変化に対応しきれず、事業運営に支障をきたすでしょう。
なお、ここで言うリスキリングとは、決してDX推進に関連するデジタルスキルに限らず、より広範囲の職域におけるビジネススキルやマインドセットの変革も含んでいます。

リスキリングの取組みで見えてきた「学ぶ習慣のない日本人」という課題

スタートアップがリスキリング市場に参入するにあたり、リスキリングの現状課題の把握は必須です。ここでは、マーサージャパンが支援した製造業A社のエピソードを通じて、リスキリングの課題である「学ぶ習慣のない日本人」について言及します。


製造業A社では、データやデジタル技術を活用した製造プロセス改革や新たな製品・サービスの価値向上のために、従業員のリスキリング施策を検討していました。当初、A社は「今後求められるスキル」を社内で再定義し、自社の従業員の保有スキルとのギャップを確認した上で、ギャップを埋めるための研修プログラムの開発・展開を行う計画でした。

しかしマーサーが事前調査を行ったところ、単純に研修プログラムの実施をするだけでは、リスキリングの促進は難しい現状が見えてきました。その背景に、A社の従業員は日常的に新しいことを学ぶ習慣が根付いていないという課題が見つかったのです。自ら学ぶ習慣がなければ、いくら研修プログラムを展開しても、スキル習得や行動変容に結び付きません。
さらに学ぶ習慣が定着していない理由を探っていくと、A社はもともとOJTを中心に人材育成を行っていたことや、一定の階層以外の従業員は研修・学びの機会が圧倒的に少なかったことが分かりました。

その後、この調査結果を受けてA社とさらに議論を行い、従業員の学びを喚起する施策も並行して実施することになりました。この結果、リスキリング施策の効果が少しずつですが表れ始めています。


この事例で重要なのは、「日本の従業員は自ら学ばない」という点です。世界的に見ても、日本人の学習習慣がないことは明らかであり、勤務先以外での学習や自己啓発活動を「とくに何も行っていない」人の割合が過半数を超えています(※3)。

図1.勤務先以外での学習や自己啓発活動を「とくに何も行っていない」人の割合

※3:パーソル総合研究所 「グローバル就業実態・成長意識調査(2022)」をもとにマーサーにて作成

日本の従業員はなぜ学ばないのか?

図2.キャリア自律度に応じたグルーピングと構成比
出典:マーサージャパン

図2は、マーサーが2022年10月に行った「キャリア自律に関する意識調査2022」から抜粋したものです。右上にある、「キャリア自律が高い層(キャリアを自己選択し、キャリアの構築を自己責任と考える人材)」の割合は11%に留まっており、大多数78%が左下の「キャリア自律が低い層」にグループに入っています。

これほどまでに日本企業の従業員が自ら学ばないのはなぜでしょうか?マーサーは、日本企業が長年行ってきた「従業員のキャリア自律を阻害する人材マネジメント 」に主な原因があると考えています。
以下は日本固有の雇用慣行の歴史と人材マネジメントの歩みについて解説しますので、リスキリング市場理解の一助としてお読みください。

日本固有の雇用慣行が生み出した「キャリア自律の低い従業員」

日本人のキャリア自律の低さは、日本固有の雇用慣行・人材マネジメントの中で、必然的に生まれたものです。

戦後の高度経済成長の時代は、高品質な製品・サービスを生み出すために熟練した同性質の従業員を必要としていました。従業員は一律に高い技術とノウハウへの習熟が求められ、チームワークによって品質を追求します。この体制が事業成功の鍵となり、日本企業の競合優位性となっていました。

当時、従業員は「終身雇用」という雇用保障と引き換えに、育成や配置に対する裁量を企業側に受け渡すのが通例で、結果として従業員の意思や希望を尊重しないキャリアパスの設定が中心でした。この日本固有の雇用慣行・人材マネジメントこそが、キャリア自律の低い従業員を生み出した原因と考えられるのです。

グローバル化・技術革新の変化に伴い、新たな人材マネジメントが必要に

しかし、時代とともにデジタル領域の技術革新やグローバル化が進み、従来の雇用慣行・人材マネジメント手法では企業の生き残りが難しくなっています。昨今では、デジタル技術を用いた製品・サービス開発や、グローバルも視野に入れたビジネスモデルの変革が求められています。

熟練した技術で製品・サービスの品質を向上させるよりも、急激な変化に対応する力が必要となった今、企業主体の場当たり的なアサインやOJTによる後追いの学びでは太刀打ちできません。そこで、変化にスピーディに適応していくために、従業員が自らの意思で学びたい領域を選び、自発的にスキル獲得を行う必要性が増しているのです。

残念ながら、多くの日本企業の従業員には、長年の雇用慣行に習ったキャリア観が刷り込まれています。企業に与えられた環境の中で精一杯頑張るというキャリア観は、リスキリングと相性が良くありません。
古いキャリア観を捨てて、自身のキャリアプランをもとに計画的に新しい学びを得て職務に活かすという発想を持たなければ、リスキリングの促進は難しいでしょう。

従業員の思考を根本的に変え、従業員の学びや行動変容につなげていく下地を作るためには、スタートアップの力が欠かせません。スタートアップならではの先進的かつダイナミックな切り口で、長年刷り込まれた雇用慣行からの脱却とリスキリング推進が期待できるのです。

リスキリングを促進するために企業が考えるべき視点

今後、企業がリスキリングを促進するためには、まず従業員のキャリアの捉え方に対するパラダイム変換を図る必要があります。先の章で説明した通り、日本固有の人材マネジメントが、従業員のキャリア自律の阻害につながり、学ばない従業員を生み出してきた要因の一つと考えられます。

企業は「リスキリング=教育研修機会の提供」という狭い視点ではなく、自社の人材マネジメント全体を見直す必要があるでしょう、具体的には、自社の人材マネジメント手法が、従業員の自律性の向上や学ぶ意欲の喚起に寄与する仕組みとなっているかを確認します。そして、企業主導の人材育成・キャリア形成の考え方から、従業員主導の考え方へとシフトすることが重要です。

施策例としては、次の2つが挙げられます。

●従業員のキャリア自律を高めるためのマインド面への働きかけ
自社のビジョンや戦略に伴い、リスキリングの必要性について従業員の理解を促し、企業と従業員の間でキャリアについて話し合う機会を定期的に持ちながらマインド面の変革を図ります。

●従業員主導でキャリアを選択できる機会を提供
社内公募制度・社内FA制度、副業・兼業支援制度等の導入により従業員主導でキャリアを選択できる仕組みを整備していきます。

自社に必要なスキルの定義や、研修プログラムの開発ももちろん大事な取り組みですが、上記2つの施策例とセットで展開することで、より効果的なリスキリングの促進が可能です。

リスキリング事業に取り組むスタートアップは、上記視点を意識したサービスづくりと戦略設計を意識するとよいと思います。

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hcas.japan@mercer.com



◇本記事はマーサージャパン公式のコンサルタントコラムをもとに再構成・執筆をしています。



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