見出し画像

金縛りをふりかえる

 最近、金縛りにあわない。いままでは時々あったので、こういうのってある日あわなくなるもんなんだろうか……と不思議な気分でいる。
 
 なんで金縛りっていつも微ホラーなんだろう。あの体が動かないすこしの間くらい、楽しい夢を見せてくれてもいいのに。自分の場合はいろいろあったけれど、そのとき暮らしている部屋によってパターンが違っていた。
 
 たとえば、親元を離れて最初に住んだ女子寮。ベッドの中でまどろんでいたらいきなり体が重たく、動かなくなる。近くで「ふふふふっ」と女性の笑い声がした。高くてきれいな声で「入れて入れて」と笑うように言ってくる。ベッドにはスゥーっと冷たい空気が流れ込んできて、本当に目に見えないなにかが潜りこんでくるみたいだった。
 
 辛うじて口だけは動いたので、ずっと「出てけ出てけ」とつぶやいていた。しばらくして硬直が解けたあとは、何事もなく日常に戻れた。
 
 二番目の女子寮でも金縛りにあった。こちらは「なにかが聞こえてくる」ようなものじゃなくて、ただベッドの隣に化け猫が立っていた。大きな風船のように膨らんだ、カラフルな猫。立っているというより浮いていた。サイズは部屋を埋め尽くすくらい大きい。
 
 前のパターンほど怖くなかったけど、動かない体を横たえながら「こういうとき出てくるのって猫なんだ……」と思った。
 
 確かに「化け犬」とか「化けウサギ」は聞かない。猫だけがなにか、異形のものになれる素質を備えているのかもしれない。タヌキやキツネも化けるけれど、こちらの「化ける」は質が違う。たぶんこの二種は、金縛りには出てこない。
 
 いまの部屋で起こったのは、一番現実味があってヒヤっとした。寝ているところに、ドアの開く音がするのだ。誰か来た、と身構える。鍵を閉めてなかったんだと後悔する。体は動かない。「誰か」の足音はどんどん近づいてきて、枕元まで来る。ああもうおしまいだ、と思う。
 
 あれは怖い。はじめの疑問に戻るけど、なんで金縛りってときどきホラーなんだ。最近あわないからいいようなものの、もし次があるなら猫で手を打って欲しい。カラフルでも単色でも、浮いていてもいいから。
 
 金縛りは心霊現象ではない。ただ睡眠不足だったり、体がきちんと休めていないときに起こる。近ごろ睡眠だけは確保するようにしていたから、それで何事もないのかもしれない。この調子でいきたい。
 
 それにしても、なんでああいう変な白昼夢を見るんだろう。金縛りオカルト体験にもいろいろある。ネットで検索しようとしたら「金縛り 人が乗ってくる」がサジェストされた。人が乗ってくる体験が、金縛り界ではメジャーなんだろうか。
 
 人によっては「真夜中にドアをドンドン叩く音がした」とか「ベッドの周りを男性がぐるぐる回っていた」とか、バリエーションに富んでいる。中には「死んだおばあちゃんが兄貴の名前を呼びながら寄ってきた。俺は弟のほうだと念じると、さびしそうに離れて行った」なんてのもあった。悲しい。
 
 要はみんな、ちゃんと眠れていないんだろう。睡眠を取ろう、日本。
 
 もっとも金縛りにあう条件は他にもいろいろあるらしいから、なんとも言えない。仰向けで寝るとなりやすい、とか、若い人(10~20代)に多い、とか、遺伝体質だとも言われる。なんにしろ体がエラーを訴えていることに変わりはなく、つまるところきちんと寝て食べて休むことだ。
 
 今日は休日なのでゆるゆると起きて、昼には雑貨屋さんからメールを受け取った。「お客様各位 盆栽の植え替えをご希望の方は1月末までにお持ちください」……。盆栽のお手入れってそんな感じなんだ、と思う。盆栽を趣味にするような人は、金縛りにはあわないんじゃないか。そんな気がする。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。