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【超短編】モノ・マルチカルチュラリズム

 むかし駄菓子屋さんが家の近所にあって、私はそこでブドウ味のキャンディを買うのが好きでした。ちょっと酸っぱくてそれから甘くって、フルーティーなにおいが鼻を抜けて行く。友だちのアキちゃんはオレンジ味、レンくんはイチゴ味が好きで、三人でよく買いに行きました。

 ある日、駄菓子屋のおばさんが「今日からこれしかないよ」と言って、全種類がパッケージされた箱を売るようになりました。

「ブドウだけ食べたがるお前はイカれてるんだ。オレンジとイチゴも食わなきゃならないんだよ」。

 アキちゃんとレンくんにも、おばさんは同じことを言いました。ぜんぶの種類を食べなくちゃならない、それがリンリテキでイマハヤリなんだそうです。パッケージの中には、三種類が同じ数だけ入っていて、そうじゃないとダメなんだと。

 私はキャンディを作って売っている人のところに行って訊きました。どうしてブドウばかり食べたらいけないの?そう思う子はイカれてるの?

 売人のお兄さんはスーツを着ていて、爽やかに笑っていました。

 そうだよ、世界にはいろんな好みの人がいて、僕たちはそれをぜんぶ考えてあげてるんだ。リンリテキでしょう?

 隣には悪そうなおじさんがいて、低い声で言いました。

 一気に売ればコウリツテキだろう?ガキはとっとと失せな。つぎ同じことを喚いたら、ひねりつぶしてやるからな。お前の一家全員、二度と社会に出られないようにしてやる。

 駄菓子屋に戻るとおばさんは「それしかないんだ」と繰り返しました。

 私は、ブドウだけ買って食べてたときはよかったな、と思って、三種類入った箱を買って帰って、オレンジとイチゴは捨てました。ゴミ箱がとてもカラフルになりました。

 

 

──おしまい

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。