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 翻訳チェックという語は、産業・実務翻訳界にいる人ならば知らない人はいないだろう。では「翻訳校閲」はどうだろう。
「校閲ガール」というドラマ以来、「校閲」という語は一般的になってきたが「翻訳校閲」はまだ見慣れない。
 翻訳校閲の定義は人によって異なるが、わたしは「翻訳チェック+校閲」としている。つまり、全文の翻訳チェックを含むということだ。
 今日と明日はそのプロセスを説明する。

1. 英語だけを一段落~数段落分読む

まずは翻訳と同じプロセスを踏む。英文全体、あるいは一章分をざっと読む時間があればよいが、産業でも出版でもそんな時間はほぼ与えられない。よって、プロジェクトや本の最初は数段落分、内容がわかってきたら一段落分を読む。
 ここで大事なのは、何の話なのかを理解してから精読し、意味をとるということになる。

2. 英語を一文読む(精読)

 段落で読んだら次は精読する。ここでは文法事項の確認を優先する。とくに倒置や省略、仮定法が隠れていないかどうか、また代名詞が何を指すかが重要事項だ。

3. 訳文を読む

 英文を読んだら次は訳文に移るが、まずは 2 で読んだ英文と訳文を脳内で照合する。ここでは誤訳や訳抜けを「見つける」のが最重要。代替案が出なくてもよい。訳文だけを読んで代替案を書くのはもっと後のプロセスで行う。

4. ファクトチェック

 ファクトチェックはほんとうに時間が読めない。出版の翻訳校閲となると、たったひとつのことを調べるのに何日もかかることもある。だが実際には、そこまでの期間もギャランティもないことが多い。
 したがって、「何をどこまでチェックするか」を決めておき、発注者にも知らせておくのが大事である。 
 わたしの場合、出版ならば「最寄りの図書館の資料(閉架含む)で」、産業ならば「オンラインで」調べてわかるところまでを基本としている。
 一度、出身大学(明治大学)の駿河台図書館に資料があるとわかったときは、閉架まで自分で資料を取りにいった。巨大図書館内にひっそりと、目立たないように存在している鍵のかかったドアを開けて梯子を上り、埃をかぶった本を取り出したときは、我ながら「漫画のような校閲の世界」だなぁと笑った。
 このときは結局、そこまで調べても目的の情報は見つからなかったので、その旨を記入して校正紙を返した。調べ物は「やれば必ず」見つかるというものでもない。「なければ諦める(発注元にそのように言える)」のも重要なコツなのである。

5. 数字チェック

 産業翻訳の決算資料やCSRレポートでは、数字が決定的に重要だ。必ず英語の原稿と訳文をプリントし、イエローの蛍光ペンでマーキングして、指差しチェックをする。とくに、ひとつの値にmillionやbillionとpoint(小数点記号)が両方出てくる場合には要注意。
 出版翻訳では、重訳ということがある。先日はスウェーデン語から英語に、さらに英語版が日本語に訳されている書籍を担当したが、スウェーデン語から英語への翻訳が誤訳になっていた。翻訳者は原語版を見ず英語だけを読んで翻訳したらしく、英語版と照合してもミスはないのに原語版に当たると「これは英語が誤訳」とわかる。
 もちろん、こうした重訳のミスは数字だけではない。そして原語版とすべてを照合することはなかなか難しい。だが校閲者として「数字だけは原語版を必ず見る」ことにしている。

6. 用語チェック

 出版の翻訳校閲では、校正紙になったものが回ってくることが多い。つまりデータを直接修正できるわけではない。pdfファイルから、重要語をひとつずつ、ピンセットのようにピックアップする作業が必要となる。
 産業の場合はデータのファイルが来ることが大半なので、Wordであれば修正履歴をつけて変更しておく。キーワードや頻出語は、登場したら可能な限り早い段階(2回目くらいがベスト)で一括変換しておく。
 なぜなら、一括変換後はどうしても予定しないミスが出てくる。それは、このあと素読みのプロセスで直していくことになる。
 素読みをしてから一括変換をすると、ミスを拾うためにもう一度素読みをしなければならない。それでは二度手間になってしまって時間がかかりすぎてしまうからである。
 今日はここまで。明日は「後半」のプロセスについて説明しよう。

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