上原弘二「1冊の本が出来上がるまで――編集者から見た翻訳者という仕事」JATBOOKセミナー 感想 #1
10月14日(先週土曜日)にこんなセミナーを受講した。翻訳書編集者が、どうやって本ができていくのかを説明したあと、参加者の質問(多岐にわたる数十の質問が挙がった)に答えていくというもの。
企画編・制作編に分かれて説明された工程については、自分の知っているものとほぼ同じだった。具体的には講師のnoteにまとめられている。
セミナーを主催したJATから本セミナーのツイートまとめが上がっているので、これも貼っておく。
ここからは自分の感想である。頭に残った講師のことばにからめ、いくつか述べておこう。なお、以下に挙げる「当日の講師のことば」は、一言一句そのとおりではないが、こういう内容を話していたというものである。
元会社員であっても、フリーランス生活が長くなると忘れがちになるのがこれ。そうそう、「なぜこの本を訳して出版する意味があるのか(この本の出版が会社にとってどのように利益になるのか)」「なぜこの翻訳者に翻訳を依頼するのか」をきちんと言語化できるのが編集者にとって大切。
だから翻訳者としては、その価値をもつ原書であることと、自分がそれができる翻訳者であることを言語化して編集者に伝えるのが大事である。
そうそう、こういうところね。「編集者も人間」なのである。「仕事を楽しんでいる人」と一緒に仕事をしたいと講師は述べた。わたしはあまりそういう観点から考えたことがなかったけれど、なるほど、編集者の立場からはたしかにそうかもしれない。
これに対し、地方在住の翻訳者から「SNS等で『仕事を楽しんでいる』様子をアップすれば、それでも(楽しんでいることが)伝わりますか?」と質問があった。回答は「伝わる」。
もちろんそうだろう。だが個人的には、東京に来る用事があるときに、事前に知らせたうえで編集部に挨拶にくるのもいいと思う。レジュメ等を持って来られればもっとよいのではないか。
編集者はいつでも企画を求めている
当日、具体的にどういう文言だったかは失念したが、こういった意味のことをおっしゃったはず。また、周りの編集者たちはみな、「企画を出すのが編集者の仕事」という。
編集者というのは制作全般にかかわって全員のスケジュールを把握し、調整する進行管理の役目も果たす。だがそれよりも重要なのは、「新しい企画を出すこと」。よって、企画を持ってきてくれる人は宝物なのである。
翻訳者は首都圏に住んでいても「編集者は忙しいから(自分の話を聞くひまはないだろう)」と遠慮しているが、いやいや積極的に行くべきですよ。多忙な時期や不在になる場合、編集者は必ず「この期間(日程)は難しいのですが翌週なら」とか、代案を出すはず。何せ、新企画は会社における自分の生存意義なのだから。
それはそうだろう。だいたい編集者というのは忙しい。何冊も入稿や校了が重なり、激務になるときも結構ある。そんなときには、いやどんなときにも、「連絡がこない人」を必死でつかまえるなんてやりたくない。
しかし、これは出版界に共通するが、ライター、デザイナー、イラストレーターにもいるんですよね、「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」ができなくて、編集者がいくら連絡しても逃げる人が。そういう人は、最後はテキトーにやっつけ仕事で出してきたりすることもある。編集者は(いや、誰だって)そんな人とは二度と仕事をしたくないだろう。
それに、「怒りをためる人」。これまた意外といるんですよね、とくに本ができてから、不満(とくに訳稿を「勝手に直され改悪された!」というもの)をぶちまけて編集者と大喧嘩する人。誰でも見られるSNSで書く人すらいる。
間近に見たこともあるが、こういう人は、せっかくできた編集者とのパイプを自ら切ってしまっていると思う。
最後にそんなに怒るくらいなら、自分が出した訳稿を直された時点で(相談なく直す編集者もたしかに存在する)、「自分の訳稿に戻してほしい。自分はこういうことを考えて翻訳している。だからそちらの直しはおかしい」と言うべき。
また、「付き合いたくない人」との文脈ではないが、こんなに多いのか……と思ったのが次の発言。
(「副業翻訳者(大学教授など)」ではない)職業翻訳者なら大抵締切を守るはずだが、たまーにいますよね、自分の工数を読めずに「できる」と言ってしまって結局間に合わないという人が。これは感想も何もない。
だが、出版界にはライターにもイラストレーターにもデザイナーにもそういう人はいて……はい、以下略。
そして多数の翻訳者が反応したのが以下の発言。
「ここにいますよ」と手を挙げた人もいる。「(優秀な/まっとうな/編集さんが欲しいと感じるような)翻訳者は足りていないという意味ではないか」とポストした人もいる。「簡単ですよ、見つけるの。報酬を上げればいいんです。経済の論理は間違いなく作用してます」や「報酬が安ければ優秀な人が入ってこないっていうのはまちがいないので、報酬上げるっていうのは最低限必要なことになりますね」とコメントした人もいる。
これは結局、「(いまの出版翻訳のシステムから言って)報酬を上げるのが難しい」から、その条件で訳してくれる翻訳者を見つけるのが難しいということだろう。
だが「自分の名前が残るならば報酬が少なくてもやりたい」という人は大勢いるのである。「翻訳者は足りていない」が「余ってもいる」ってことだろう。
翻訳者のデータベースに編集者がアクセスできる出版界全体のシステムのようなものがあればよいのに。翻訳者側は、得意分野、翻訳スピード(分量)、希望印税率をアップしておく。すると編集者が「今回の分野はこれでワード数はこれだけ、かけられる翻訳期間はこれだけ、印税はこれ」と検索すれば自動的に適任者が出てくる、といったもの。実現は相当に難しいと思うが、これがあれば双方ハッピーになれるはず。
大ベストセラーにはならなくとも、何年間も版を重ねていける本をずっと訳していれば、翻訳者は7%で食べていけるだろう。逆に、初版だけの本ばかりでは厳しい。
しかし、前述したが「それでもやりたい」という翻訳者が多数いるのも事実。ここに「やりがい搾取」が生まれているのだろう。
さらにいえば「7%」が出せない出版社もあるのもまた事実なのだ。
さてこの辺で「校正(校閲)」についての話も書きたいが、長くなったのでそちらは次回に譲ろう。続きはこちらへ。
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