中学生向け英語教材の仕事は「簡単」か?

 英語教材・学習参考書の執筆・校閲の仕事をしていて、メインで声がかかるのは高校生・大人向け教材だ。たまに中学生向け教材や模試が回ってくる。
 これが、高校生用と同じ分量で、高校生向けの半分以下の単価ということがある。
 たぶん、大元の発注側(出版社)は、「中学生向けで英文が易しいから簡単でしょ」「その分単価も安くて当然でしょ」と思っているのだろう。
 これは大間違いである。それはなぜか。
 まず、中学生向けの教材というのは、大体教科書に準拠している。
 教科書準拠教材で一番大変なことは何かというと、当該単元までの未習事項、未習単語が使えないのだ。
 設問文はもちろん、長文問題の素材文にも、現在完了を習う前に〈have+過去分詞〉が出てきたり、受動態を習う前に〈be動詞+過去分詞〉が出てきてはいけない。現在進行形を習う前に〈be動詞+doing〉が登場するなどありえないのである。
 さらに、文法用語も使ってはいけない語ばかりだ。中学校では、「仮定法」に対する「直説法」という語は教えていないため、文法解説にも「ここは仮定法ではなく直接法を使って」と書くことはできない。いまの学校では「文型」という語は使っていないため、どの単元・模試であろうと、解説に「第◯文型」と書くこともできないのだ。
 これが高校生用になると、一応の文法事項は中学で習っているのが前提となる。よって、設問箇所以外であれば、素材文などに当該単元以降の文法事項や多少の文法用語が入っていてもかまわない(もちろん著者によってはNGのこともあるが)。
 つまり、中学生向けの方が「しばり」の厳しさが何ランクも上がるのである。
 さらに「単語のしばり」もある。当該単元まで教科書に登場しない単語はすべて「未習単語」である。問題や例文を作る際も、基本的には未習単語を入れてはいけない。
 ……のだが、そういうことを言っていると素材文も書けないし、問題も1問も作れなかったりする。とくに中1用であれば、既習単語が少なすぎてどうにもならない。
 とはいっても大抵の場合は、設問に使う単語以外(長文の中に登場するもの)であれば、ある程度許容されてはいる。たとえばCEFRという指標に基づき、「中3ならA1レベルは(未習語でも)使ってOK」という条件であったりする。A1というのは一番下のレベルで約1250語。aとかthisとかchairとかいった基本単語が含まれているが、それ以外の単語は使えない。校閲するときは、そうした単語が含まれていないかどうかも見なければならない。加えて、たとえばwhichという語がある。A1レベルなのでつい使いたくなるが、関係代名詞を習うまでは、疑問代名詞(Which pencil is yours?など)の使い方しかできない。こうした落とし穴も随所にあるのだ。
 そう、中学生向けは「あまりにも制限が多すぎて」作問も難しければ、それをチェックするのも、高校生向けの何倍も大変なのである。
 従って、むしろ中学生向きのほうが執筆も校閲も手間がかかる。したがってギャラが高くなるのは当然である。高校生向きの半額以下という価格設定はありえないのだ。
 各社とも、ここのところをわかって発注しているのだろうか。いや、こんなこともわからずに教材や学習書や模試をつくって、その良し悪しが判定できるのであろうか。

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