ホーム校正の時給は1,500円から?

ホーム校正の収入とは

 昨日SNSで、ある投稿が校正・校閲者で話題になっていた。校正の実務講座を販売している企業の広告だ。「ホーム校正での収入ってどのくらい?」というキャッチコピーに、「時給換算で1,500円くらいから 月収4~5万円の副収入が一般的、実績次第で報酬もアップ」とある。文字単価も出ていたので引き写してみる。

●一般的な単行本なら1字40銭~
●資料つき合わせならA4・1P 700円~
●素読みならA4・1P 400円~
●引き合わせ校正 漢字かなまじりの通常文なら1字60銭~
●引き合わせ校正 数字・記号混じりの専門的な文なら1字1円20銭~
●出張校正なら1時間1,800円~

某校正通信講座の広告より

 この単価の最下部に、「各報酬単価は、◯◯社にて管理している求人に基づきます」という免責文がついている。
 これだけを見ると「ほんとうなら良さそうだよね」と思うが、この価格設定で生業としてやっていくには到底無理である。

出張校正で時給1,800円ならば

 広告に掲載されているなかでは高時給の「出張校正」1,800円から考えたい。週に40時間安定した仕事があり、交通費や各種保険が別途支給される、いわゆる「派遣社員(非正規社員)」と同じ条件ならば、1,800円という単価はうなずける。
 1か月の収入は以下のようになる。
  1800✕8時間✕20日=288,000円
 自己負担分の社会保険などを引かれても、これならぎりぎり、病気をしなければ生きていけるだろう。一般的な「非正規」の働き方と同程度である。

フリーランスの時給を考える

 だが、「ホーム校正」をフリーランスとして「生業」でやっていく場合を考えてみる。まず、各種社会保険は、企業負担分がないので全額自己負担である。パソコンや辞書の費用、運送費(納品が紙の「校正紙」であれば、それを送る費用)もかかる。
 残業代の割り増し分はない。深夜まで働かねばならないときも、夜間労働の割り増し分はつかない。数か月間仕事がないときも、雇用保険というセーフティネットは存在しない。賞与もない。退職金もない。有給休暇もない。そもそも、週に40時間、常時安定して仕事があるわけでもない。

各種手当がないフリーランスの最低時給はせめて2,000円

 そう考えると、正規労働者(会社員)の最低時給が1,000円としたならば、フリーランスの最低時給はその「3倍」、3,000円と考えるのが妥当である。
 いやいや、今や会社員なぞ「条件が整った人」だけが手にできるポジションだ。それと比べても仕方がないという向きもあるだろう。
 では非正規労働者と比べよう。契約期間内の仕事は安定している。退職金や賞与はないが、各種手当は企業側が定められた分を支払う。一定の基準を満たせば有給休暇もある。そう考えると、非正規で働く人の最低時給が1,000円ならば、フリーランスの最低時給はその「2倍」の2,000円が妥当だとわたしは考える。
 このラインを下回るようでは、生業として成り立たないのである。

トップ校正者でも0.5円/1字

 校正・校閲業界の大ベテランで、テレビにも出演した有名な方がいる。経験や実績から言っても、トップのギャランティーを得ていて当然である。
 だが、その方のギャラは1文字0.5円だという。放送を見て絶句した同業者も多いだろう。わたしも同じだ。
 この方の仕事を時給に換算すると、おそらく3,000円~5,000円くらいだろうか。フリーランスの身分のトップ校正者のギャラとして、あまりに低いと思わないだろうか。
 出版校正(校閲)はお金にならないというが、まさにそのとおりである。

商業校正ならどうか

 では、出版よりも一般にギャラが高いと言われている商業校正(校閲)ならば、トップランクになれば時給換算で10,000円になるだろうか。初心者でも3,000円は稼げるだろうか。
 わたしは商業案件も受けている。ギャラはおそらく業界標準額であろう。たしかに出版モノより高い。
 だが、それでも時給に換算すると、正規で働いていた会社員時代の「3倍」にはほど遠い。それどころか、「2倍」にも届いていない。
 ほかのフリーランス校正者・校閲者はどうなのだろう。

子育てや介護をしながら、作業スペースがなくてもできる?

  この広告には下部に大きい字で、「ホーム校正のおすすめポイント」とある。これも転記してみよう。

1. 子育てや介護しながらの在宅ワークが可能です。
2. 自宅に作業スペースがなくてもできます。
3. 時間に拘束されません。
4. 通常のパートよりも時給換算なら高めです。

某校正通信講座の広告より

 なるほど、これで謎が解けた。この広告は、生業としてではなく、いわゆる「扶養範囲で働く(ほぼ最低時給の)パートタイマー」と比べれば、校正をやった方が稼げるよ、と言っているのだ。
 しかし、1項目ずつ見ていこう。まず「1. 子育てや介護しながらの在宅ワーク」。校正・校閲の仕事は高い集中力を必要とする。また「マイナス評価」の仕事でもある。1000のミスを拾っても、シリアスなミスがひとつ残っていれば、次から仕事は来ないというプレッシャーと常に戦っているのである。
 いつ家族に呼ばれるかわからない状況で、片手間にできるような作業ではないのだ。
 2の「自宅に作業スペースがなくても」については、「そんなことあるわけがない」と笑ってしまう。
 まず、校正紙を広げられるスペースが最低限必要だ。しかも校正紙はそのまま納品物である。飲み物をこぼして校正紙を汚さないよう、コーヒー等を置くスペースは、作業台とは別に必要となるのだ。
 パソコンやタブレットでPDF校正をするにしても、マシンを置くスペースは必要である。さらに、辞書の置き場所はどうするのか。紙の辞書をまったく使わない前提なのか。
 いや、いちばんの疑問は、「子育ての合間」にやるとしたら、子どもがテーブルの上を触らないようにするにはどうしたらよいのだろう。
 次の項目を見る。3の「時間に拘束されません」これは確かにそうである。
4の「通常のパートよりも時給換算なら高めです」なるほど。1,500円になるなら、そうかもしれない。
 こう考えると、ホーム校正は「最低時給でパートに出るよりは」条件がよいと思うかもしれない。「『月収4~5万円の副収入が一般的』ならば、自分だってそのくらいはできるだろう」と思わせることができなければ広告の意味をなさないが、そこは成功しているかもしれない。

現場の校正・校閲者たちは……

 これを見た校正・校閲者たちの反応はさまざまだ。「家計補助で1,500円ならいいけれど、本業としては安すぎる」という人もいる。ある人は「業界全体の平均が1,500円ではないと信じたい」とtweetしていたが、まさにそのとおりだ。「出版校正ならば2,500円からが一般的ではないか」という人もいる。そうだったらいいな、と思う。
 ある大手出版社では、オンサイト校正者のギャランティーは日給1万円である。稼働時間6時間なので、時給にすれば1,667円だ。この広告とあまり乖離していない。やはり相場はその辺なのかもしれない。
 だが、時給換算にすると1,500円よりも低いと書いている人もいる。「これよりいい条件のときも悪い条件のときもある」という人もいる。
 以上を総括すると、「家計の足し」として「月に4~5万円」、時給にして1,500円になるなら、そういうやり方もあり得る(よいやり方である)と思える。この広告はなかなかいい線行っているな、と。

「1日3時間、週に3日から4日間」で時給換算1,500円以上になる校正の仕事など聞いたことはない

 だが、ほんとうにそうだろうか。もう一度よく考えてみよう。「月額4~5万円の副収入が一般的」とあるので、「4~5万」を1,500円で割ってみると、ひとつきの労働時間は27~34時間程度だ。育児や介護の合間に1日3時間、週に3日から4日間働くとすれば、たしかに「月に4~5万円」になる計算だ。
 しかし、納期というものを考えてみよう。比較的納期に余裕のある媒体は書籍だろう。480ページの本1冊の校正を受注して納期まで2週間とした場合、「1日8時間✕10日間」、つまり80時間働けば終わると思う。
 だが、1日に3時間しか稼働できないならば、必要な日数は80÷3≒26.7となる。つまり、平日は毎日3時間働き、土日のどちらかを休んだら、丸1か月かかる計算になる。そんな悠長な締め切りで仕事を発注してくれる出版社やプロダクションなど聞いたことはない。
 ギャラが比較的よい商業校正であれば、納期はさらに厳しいことが多い。「1日3時間✕週に3日間」程度の稼働時間で受けられるような仕事を受けたこともないし、そういう仕事があると聞いたこともない。いや、業界に入って日の浅いわたしが知らないだけで、実際には存在しているのだろうか。

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