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ありのままの自分でいられる場所

スリランカ滞在を通して1番何が心地よかったか、思い返している。


それは何者でもない"ただの自分"でいられた事だと思う。

社会人としての自分 


母として子としての自分

先輩、後輩としての自分

娘として、妹としての自分

恋人、友人としての自分


いろんな役割を人は皆持っていて、色々な顔も持っていると思う。
その時々に相応しい立ち居振る舞いをし、時に良くも悪くもレッテルを貼られ、知らず知らずのうちに自分自身でも己にレッテルを貼っていたりする。そして同じように他者に対しても意識化、無意識下に関わらず人はレッテルを貼りながら生きていると思う。

ラベリング。

最近よく聞くようになった言葉でもある。

"この人はこういう人だ"と決めつけたりする事で、そのような行動をとるようになってしまう。その期待に応えようと。

人から求められている役割を果たそうとしてしまう人も少なくないのではないだろうか。そうしていくうちに本来の自分というものが少しずつ薄れていくのも感じたり…

それが悪い事では決してない。

円滑なコミュニケーションを図る上で大切なスキルである。


ただ、
"何者"でもない自分で人と出逢うことは年々難しくなってくるように感じる。

純粋に"ヨガが好きな人"
ただそれだけの自分で出会えたスリランカヨガリトリートメンバーとの時間は本当に本当に心地が良かった。

年齢も職業も家族構成も生まれも育ち知らぬまま出逢い、会話する事でお互いを知り、ありのままのお互いで向き合う尊い時間だったと思っている。

純粋な気持ちでお互いを大切にしながらコミュニケーションを取る事の素晴らしさ。

大人になった今、こんなにも尊い友人が持てた事がとても嬉しいし。

大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、
こうした出逢いが巡ってきた事も、その有り難さに気付けた事も、こんなにも感動する自分でいられるのも、ヨガに出逢い、ヨガを通して自分を知る旅の途中にいるからこそだと思う。

貴重な"ただありのままの自分"で過ごせる空間。
ありがとう。出逢ってくれて。
私はいま、すごく幸せだ。



#自分を楽しむヨガ #ヨガ哲学


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